旋風のルスト・外伝 ―旋風のルストに憧れる少女兵士と200発の弾丸の試練について―

美風慶伍@旋風のルスト/新・旋風のルスト

「なあ、お前〝旋風のルスト〟って知ってるか?」

「なあ、お前〝旋風のルスト〟って知ってるか?」


 土ぼこりの舞う赤土だらけの軍事演習場の片隅で、私の教官であるその人は、くわえ煙草で煙紫を煙揺らしながら私に問いかけてきた。

 雲が太陽を遮っているお昼過ぎ、小休止の休憩時間の中でルドルス・ノートン教官はそう問いかけてきた。

 無精髭の目立つ少ししょぼくれた中年男性。一見情けなさそうに見えるが剣技と銃器戦闘は筋金入りのベテランだ。


――旋風のルスト――


 この国に住んでいる人間なら今やその名前は知らない人間の方がおかしいくらいだ。私は携帯ボトルの中から水を飲んでいたが、ボトルから口を離してこう答えた。


「知ってます。私の――」


 私はそこで息を呑む。心の中がつかえそうになる。胸の奥の塊を解きほぐすようにゆっくりと吐き出す。


「私の憧れの人ですから」

「そうか」


 教官はそう呟きながら意味深な笑顔で私を見つめてくる。


「クレスコ、会えるなら会ってみたいか?」


 クレスコ・グランディーデ、それが私の名前だ。

 女性兵士で階級は伍長、何の特徴もないよくいるタイプの兵士だ。

 教官も私もカーキ色の訓練用作業着に身を包んで射撃練習場の片隅に腰を下ろしていた。


 旋風のルスト


 その名前を聞くたびに複雑な思いが私の中で暴れる。


「会ってみたいです。でも――」


 私は自分の胸をぎゅっと押さえた。私のその仕草にルドルス教官は、つば付き帽子をかぶった頭をそっと撫でてくる。

 

「やっぱりそうか。憧れ、だけじゃないんだな」


 ルドルス教官は立ち上がりながら、吸い終えたタバコを携帯式の吸殻入れにしまいながらこう言った。


「俺が旋風のルストの率いる部隊の隊員だって話をした時に熱心に聞いてたんでもしやと思ったんだ」


 そして、片隅に立てかけておいた小銃を担ぎ直しながら彼は言った。


「俺が言うのもなんだが、会って損はないぞ。何しろ、人間のクズにまで落ちぶれていた俺を立ち直らせてくれた恩人だからな」」


 人間のクズ、意外な言葉が飛び出る。驚いたような顔で私は思わず教官を見ていた。


「人間のクズ? 教官が?」

「ああ、落ちるとこまで落ちていた」

「信じられません」


 私が知っている中で彼ほど優しくて、女性兵士に偏見のない男性軍人は見たことがないからだ。教官は歩き出しながら言う。


「ルストなら、お前が今抱えている悩みや迷いも聞いてくれるはずだ」


 私も後を追うように立ち上がりながら答える。


「本当ですか?」

「それが知りたければ、この訓練を乗り越えろ」

「はい」


 ルドルス教官は振り返りながら言う。


「クレスコ、お前は今回の臨時部隊編成、選抜志願者53名の中で唯一の女性だ。男達に混じりながらのシゴキになるがお前を特別扱いするつもりは毛頭ない」


 そして彼は私に覚悟の程を尋ねてきた。


「やれるな?」


 その時の彼の表情は恐ろしく真剣だった。私は即答する。


「やります」


 私の答えに教官ははっきりと頷いた。


「クレスコ、特別訓練を乗り越えたら旋風のルストと会える機会を設けてやる。それに見合う実績を示せ」 


 分かっている。これは〝餌〟だ。訓練から振り落とされそうになっている私を奮い立たせるための。ならばこう答えるしかないだろう。


「ありがとうございます。死ぬ気で食らいついて見せます」


 そう答える私に教官は満足気に頷いていた。

 私も小銃を肩に抱えて射撃演習場へと向かうのだった。

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