第六話 前後不覚正体不明

「なんやかんや皆、裏方でよく働いてくれた!感謝してる!」


正月も明けまだ雪が残る中、集まった藤さん一味の面々。富くじの一件の礼にと常興さんから謝礼を大分貰い藤さん一味と祝宴を催しているのだ。此処に来た時は机一つで収まった人数だったが、この半年で藤さん一味は少し人が増えていた。

いつの時代も筋力でも財力でも力がモノをいうが、特にここ戦国の世では単純な力がモノをいう。ただそんな中にあって力も無い無職で小男の藤さんにはどうやら人を惹きつけるカリスマを持っているようだ。皆彼を慕って進んで仕事をやってくれていた。もしかしたら藤さんわりと大物になるんじゃねーか?


「今日は無礼講じゃ!神宮に感謝して皆飲んで騒いでくれ!!」


一緒の仕事をし、気心知れた仲間達と酒を酌み交わす。皆の笑顔が嬉しい、今日は仕事を忘れて楽しんでほしい。ただ藤さんには次の仕事の話もしないといけない。


「藤さん、楽しんでいる所悪いんだが」


既に顔を赤くしている藤さんに話しかける。


「外宮でのこの騒ぎを聞きつけて内宮でも同様の事をしたいと話があった」


藤さんは酒が入っていても記憶はしっかりしている方のようで酒の席でも無遠慮に仕事の話をする。


「ほう?そうなんか?」


「式年遷宮の事を考えれば内宮、外宮どちらも入用だ」


常興さんは外宮は百二十年程出来ていないと言っていたが、話を聞くと内宮も百年程やれていない。


「なので、内宮と外宮で時期をずらしてやりたいと思ってる、年始の催しは確定として次回は六月の三節辺りにやりたい」


収穫が終わった収穫祭を兼ねて秋…とも考えたが案外戦をする事も多いしなるべく時期は開けた方が良い。


「だから今年もまた藤さんには忙しく走りまわって貰う事になるかもしれん」


まぁ今回の実績と経験があるから前回ほど慌てる事はないと思うが。


「わははかまわんよ!良く使ってやってくれ!」


藤さんは二つ返事で色よい返事を返してくれた。


「頼りにしてるよ藤さん」


そんな藤さんに酒を勧めながらふと酒を見遣り、考える。

にごり酒…?

少し透明ではあるがこれは水で薄めただけで酒そのものはにごり酒だ。そういや灰を入れたら澄み酒になるとかどっかで聞いた気がする。滅茶苦茶うろ覚えだが。

んー…もしかして未来の知識無双でボロ儲けできる流れかこれは?

富くじもそうだが俺にも運が回ってきたかもしれん。まぁウンは漏らしたんだが。


「どうした?」


突然考え事をし始めた俺に藤さんが問いかけてくる。


「いや、少し思いついた事があってな…そうだ藤さん、ここいらの酒蔵を知ってたりするか?」


「おう、三件あるが大体この半年で何処の酒蔵とも顔馴染みになっとるわ」


なんだこのコミュ強おばけ…


「一番真面目で質の良い酒を造る酒蔵は分かるか?」


酒の生産なんて何処も真面目に取り組んでいるとは思うが一応聞いてみる。


「ああ、それなら中山屋が一等良い物を作るな、あそこの造る酒は少し抜きんでとる」


「近く案内してもらえるか?」


「かまへんかまへん、酒に関わる事ならなんでも大歓迎じゃ!」


上手く澄み酒が造れたら式年遷宮時に奉納してもいいし、それをネタに宮中に献上してブランド化して売り出すか。熱田の親父殿や…ちょっと怖いが義元に贈ってご機嫌とるのもいいかもしれん。まぁ全ては美味い酒が出来てからだな、そうなると今年は酒造りだ!

そんな皮算用をしながら俺は気を良くして自分のペースも考えずに周りに勧められるまま呑んでしまった。酒は昔から嫌いではないが弱かった、どうやらそこは変わらないようだ。前後不覚正体不明になる。


視界が歪む。

ふと見ると…藤さんの指が一本多い気がした。酔って見間違えたのかと思いよくよく数える。


六本だ。


自分が酔って見間違えたのかと思ったがどう見ても六本だった。


「藤さん、その指…」


藤さんはこれは…と苦笑いをし指を隠す。


「お前…指六本あるんか」


「な、なんか見間違いじゃないかの」


藤さんは困ったようなきまりが悪そうな声色を浮かべていた。

逆の手で俺に酒を勧めてくる。


「おんしもだいぶ酔っとるようだしな」


だが俺はその藤さんの少し昏い感情に気付かず言葉を続けてしまう。


「かっこいいな…」


「………は?」


素で驚いた藤さん。


「あーいやすまん、俺が読んだ本に六本指の剣士の話があってな」


此処ではない、何処かで読んだ本の話をする。


「その剣士が恐ろしくも理不尽な強さだった…」


多分それは今くらいの時代の話だったような気がする。


「その男は濃尾無双と恐れられ、将軍家に仕える剣術指南役をその剣で圧倒した…」


将軍家…あれ?将軍家って今どうなってる?まぁいいや。


「しょ…将軍家の剣術指南役をか!?」


藤さんも俺の謎の圧に気圧されているようだ。


「おうよ!!!!」


酒の勢いでオタ語りのアクセルを踏み抜く。


「かの者の六本の指から繰り出される魔剣は神妙にして古今無双!」


酔いがまわり藤さん以外の連中も俺を見ているのにも気が回らず一人語りを続けた。


「その剣閃は罪人の首を同時に4つ同時に撥ね、2つはそのまま胴に乗ったままだった!」


無駄に熱を込めて語ってしまった。


「おまえその剣士と同じか…ええのう…かっこええのう…」


「そ、そうか…格好良い…か…」


藤さんは俺の豹変に驚いてか何かを呟いている。


「格好良い…かぁ…」


俺は懐かしい漫画を思い出し、オタ語りをした挙げ句微睡みに飲まれてしまった。


◇ ◇ ◇


千秋季忠が酒に酔い潰れている。

今まで自制していたのか、これだけ飲んだのを見た事がなかった。正体を無くす…いや、この場合本性を現すが正しいか。酒に酔った時にこそ人の本性が現れるという。その場でワシの六本の指を指摘された。

ハゲと言われても笑って流した。

サルと言われれば猿真似もした。

容姿は良いとはいえないが、それでも人と同じだった。


ただこの指は、違った。

今までこの指を見ると露骨に嫌な顔をされた。眉を顰められ、からかわれ、恐れられ…良い思い出は何一つない。自分のあらゆる劣等感の根源であり人扱いされぬ違いに何度苦渋を舐めさせられた事か、幾度削ぎ取ってしまおうと悩んだか。


「それを…格好良い…か…」


少し涙ぐむ。


「わしゃ次はおんしについてくけんの」


既に潰れて前後不覚の新しい主を見ながら、誰に聞かせるでもなく藤吉郎は呟いた。

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