エピローグ

 ビュルテンとグラーセンを繋ぐ国境線上の駅。そのホームでクラウスは新聞を読んでいた。


 新聞にはビュルテンで行われたグラーセン軍への送別会のことが書かれていた。街の人々から感謝状を贈られ、グラーセン軍への感謝が伝えられていた。


 送別会でシュライヤーは、ここに始まった両国の友情が、これからずっと続くことを願うと演説していた。


 また新聞はグラーセンとの鉄道計画の必要性と、今後両国がどうなるかを書いてあった。新聞は前向きな論調を見せており、街の人々もグラーセンと繋がることを望んでいることを告げていた。


「お待たせ」


 そんなクラウスにユリカが声をかける。片手にはお土産のサンドイッチが握られていて、一つをクラウスに手渡した。


「今回も大活躍だったわね。やっぱりあなたを連れて来て正解だったわ」

「別に、私は何もしてないよ。仕事をしたのはフェリックス大尉と、キルフェン少佐さ。私は彼らにお願いしただけだよ」


 今、フェリックスは街で仕事を続けている。坑道の話を聞いてからは、仕事に力が入っているようだ。今も張り切って仕事をしているそうだ。


 きっと彼は地図を完成させるために、国中を走り回るに違いない。その頃には、隣に妻となった恋人がいることだろう。その光景を想像すると、クラウスは自然を笑みを零すのだった。


「ふふ。でもあなたに役者だけでなく劇作家の才能まであったなんて、驚きだわ。もしかして、どこかの歌劇座で働いていたのかしら?」


「そんなわけないだろう。私には向いてないよ」


 サンドイッチをかじりながら歓談する二人。


「ふふ。でもあの時のあなた、とてもかっこよかったわよ」


「……? あの時って、いつのことだ?」


「坑道を二人で歩いた時よ」


 雨が降る夜の中、二人で歩いた暗い坑道。彼女は思い出すようにしみじみと語った。


「私の手を強く握ってくれたあの時間。あなたはとてもかっこよくて、握ってくれた手がとても気持ちよかったわ。もう離してくれないかもって思うくらいに」


 まるで舞台で踊るかのように語るユリカ。詩を読むかのような語り方に、クラウスも少し恥ずかしくなった。


「仕方ないだろう。暗かったのだから、手を握らないと危なかったんだ」


 照れ隠しとわかる彼の反応をユリカは笑みを浮かべる。するといつもの意地悪な笑顔が浮かんでいた。 


「でも、残念だわ。二人で歩いたのが、あの暗い泥道だったんだから」


 彼女はそう言って、クラウスの正面に立った。彼女はクラウスに顔を近づけて、ニタリとした顔で言った。


「次は教会の中で、手を引いてちょうだいね」


 その一言にクラウスがのどを詰まらせる。教会で手を引いて歩く。それはつまり、結婚式を意味していた。


「ちょ、ユリカ」

「あら? どうしたの? 教会を観光するくらいで、何を驚いているのかしら?」


 悪戯が成功したことで満足そうに笑うユリカ。実にいやらしい悪戯だと、クラウスはそっぽを向いた。


 その時、向こうから汽車が走ってくるのが見えた。あれに乗ってこれからグラーセンに戻るのだ。


「ねえ」


 その時、ユリカが声をかけてきた。今度は何事かとクラウスは身構えた。


「またここに来ましょう。汽車に乗って、二人で」


 またいつか、ビュルテンに二人で。それがいつになるかわからない。だが、きっと彼女は想像しているはずだ。帝国が統一されて、国境がなくなり、この駅を超えてビュルテンまで鉄道が繋がっている未来が。だからその時はここで止まらず、ビュルテンまで続く線路ができているはずだ。


 彼女とはいつまで一緒にいられるかわからない。だが、きっとそれは楽しい旅に違いないのだ。


 だからクラウスはそんな面白い想像をしながら、笑顔で答えた。


「そうだな。またいつか来よう」


 その言葉にユリカも笑みを返すのだった。


 駅に汽車が流れ込んでくる。久しぶりに見る汽車は、とても懐かしく思えるのだった。

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