第29話
大地の濃度が濃い。
うまく説明できないが、この土地には何か深い流れのようなものが感じられる。
閉じられた空間で暮らしていた僕にとって、たとえ仮想であっても、ここでの生活は新鮮だった。人に頼られることや、自ら行動を選ぶこと、そんなことも今まではしてこなかった。
同時に、寂しさも感じていた。僕はどんどんロボットから離れて人間になっていく。自らの作ったデータに飲み込まれていく。
ミットライトはどうしているだろう。僕が生きている以上、彼もまた生きていることは確かだ。ひょっとしたら、僕の様子を覗いているのかもしれない。
船は順調に建造されている。敵方の襲来もなく、本当に危機が迫っているのか、実感がわいてこない。
ガイストの説明によれば、天蓋が落ちるにはかなりの時間がかかるそうだ。天蓋は安定した状態にあり、ほとんど自律的に存続しているそうだ。そこに圧力を加えると、徐々に不安定な状態になり、ゆっくりと水がこぼれおち、まずは雲になるはずだという。すべての天蓋が落ちるまでには、数カ月が必要との予測だ。
その間、光のない世界で人々は過ごさねばならない。いや、人々だけではない。全ての生物が光を失う。考えるだけで現実世界のことを思い出し、陰鬱な気分になる。
時折、無性に歩きたくなることがある。人間の体というのは不合理な行動を求めたがるのだ。ただ歩いてどうするのだと思うが、見慣れた風景を見つめなおすだけでも心が落ち着いてくるのだから不思議である。
僕にとって、世界は本当に狭かった。生まれる前から働く場所が決まっていて、スケジュール通りに日々を過ごしていくだけだった。戦争が始まると、僕は突然何をしていいのかわからなくなり、うろたえる皆の中でただ呆然としていた。ミットライトに出会わなければ、小さな街の中で何もできないまま死んでいったに違いない。
小道の先、かがんで何かを拾っている男がいる。右足に包帯を巻いている。ヴェルタだ。
「何をしているんですか」
「ああ、ヴィーレか。種を拾っているんだ」
見ると、ヴェルタの左手には布の袋が握られている。そして右手には、茶色く小さな種子。
「俺にできることは、これぐらいだから」
大地が沈めば、多くの植物も滅びるだろう。水が引いたあとに種があれば、一度滅びたものも再び子孫を増やすことになるかもしれない。ヴェルタはそこまで考えているのだろう。
「傷は大丈夫ですか」
「ああ。痛むが、生きているだけで感謝だ」
その低い声に、無念さが込められていると思った。ヴェルタもまた、自分の行為に後悔していることだろう。それを押しとどめるために、地面を見つめているのだろうか。
「もしよかったら、頼みたいことがあります」
「え、俺にか」
「はい」
なぜこんなにも人のことを考えてしまうのか、わからない。僕はこの世界で、メンテナンスの技術を手に入れればいいだけだったはずだ。それなのに、何かを任されたという事実が、僕に責任感を芽生えさせている。
「たぶんヴェルタにしか、できないことです」
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