五月雨が降る

第23話 五月雨が降る

 ☂ 天空あまぞら陽葵はるき ☂


 GWが終了した。

 日照雨そばえさんとの怒涛のデート(仮)の翌日。


 これまでと同様に学校に通い続ける日々が始まった。

 GW明けは5月病に注意ということをよく聞くが、それは仕方ない部分もあるんじゃないかと僕は思う。


 長い連休のあとに急に連休前と同じような生活を求められるのはどう考えてもしんどい。それにこれから7月の海の日まで祝日が1つもないのがおかしい。

 それに学生には定期考査が待ち構えている。


 まぁ社会人の方々はテスト終われば、長い夏休みが始まるから我慢しろと言うのだろうけど。

 僕たち高校生だって大学生に言いたい。夏休み長すぎだ。


 登校時、昼休みまでのクラスで僕は視界になるべく人を入れるようにした。


 ――私は天空くんに力をコントロールしてほしい。


 昨日日照雨さんからそう告げられた。

 僕が一度は諦めたこの"力"のコントロール。


 どうなるかはわからないがやってみるしかない。

 他人ひとのためになることが、日照雨さんのためになることが証明されたのだから。


 だから僕は一日自分からこの"力"を使うことに努めている。


 皆一様に曇マークが浮かんでいる。

 だが――いや、やはりと言うべきか、日照雨さんだけは違った。

 相変わらず晴れマークのみが頭上でゆらゆら揺らめていた。


 僕はいつもと同じように、昼休みに中庭で読書に勤しんでいる。

 緩やかな風がとても気持ちいい。疲れ切った脳内をほんの少しだけ癒してくれる。


 意識的に"力"を使うことはやはり消耗が激しい。

 昨日も迷子の少女のために使った後は吐き気と眠気に抗えず、映画1本分見逃してしまったからな。


 今まで目を瞑ってきた代償だろうか。

 これからも日照雨さんと人が多いところに出かける機会はあるだろう。

 その度に吐き気と眠気を催してしまったらそれこそ日照雨さんには迷惑をかけることになる。


 どうも上手くいかないな。

 思わずため息がこぼれる。すぐに風がさらっていってしまった。


 結局は数をこなして体を慣らしていくほかないのか。

 一網打尽、起死回生の一手が思いつくまではこれしかない。


「天空く~ん」

 やたら明るく透き通った声。

 顔を見なくても誰が来たかはすぐにわかる。

「どうした日照雨さん」


『感情探し』のパートナー? 依頼主? の日照雨そばえ瑞陽みずひ

 頭上には晴れマーク――太陽がゆらゆらと燃えている。


 天気というは移り行くものだ。

 それは感情も同じ。

 変わらないなんてありえないことなんだ。

 けれど――日照雨さんの天気それは変わることはない。


 彼女は自分の感情がわからない。だから僕に感情を教えてほしいとお願いをしてきた。

 けれど僕には1つの疑問、腑に落ちないところがある。


 どうして感情がわからないのに彼女の頭上には太陽があるのか。


 晴れマークは普通、ポジティブな感情を抱いている人の頭上に浮かぶ。

 それなのに彼女は感情がわからないと言う。


 僕自身、感情がわからないという人に会った経験がないため、感情がわからない人の頭上に何が浮かぶのか、はたまた浮かばないのかというデータはない。


 だからこれはただの主観的な違和感であり、疑問。



「私もここでお弁当食べていい?」

「別にいいけど、僕はもう食べ終わったよ」

「ほんと!? やったー! 天空くんはそのまま本読んでていいから」

 彼女の頭上の太陽がより大きく輝いた。

 本当に不思議な人だ。

 天気マークの大きさなどが変化することなんて日照雨さんと出会うまでは見たことがなかった。


 日照雨さん分のスペースを確保するために体一つ分右にずれる。

 日照雨さんはスカートを太もも裏に沿わせて僕の隣に座る。


「いただきまーす」

 僕は横目で彼女の様子を見る。

 彼女は手を合わせて食前のあいさつを済ませる。

 ぱくぱくとおかずを食べて、白米を食べる。この流れを何度も繰り返している。

 美味しそうに食べるなー。


「ん? 天空くんどうかした? もしかして私のお弁当見てお腹空いてきたの?」

「いや、そんなことはない。確かに美味しそうではあるけど」

「でしょー♪ お母さんの手作りなんだ♪」


 嬉しそうだな。


「ごちそうさまでした!」

 ほどなくして日照雨さんはお弁当を食べ終えた。


「ねぇ天空くん」

 日照雨さんはぎゅっとスカートを掴む。

 さっきまでの嬉々とした表情から真剣な面持ちになる。


「今日顔色悪くない? それにどことなく顔も険しい気がするし……」

 日照雨さんは眉を下げ、不安げな顔で僕の様子を窺う。


 なんだ。気付かれていたのか。

 君は本当によく周りを見ている人だ。


 文庫本に栞を挟み、閉じる。

「ちょっと考え事をしてただけ。日照雨さんのこと、この"力”のこととかね」

「それってやっぱり昨日の帰りのこと?」


 ――昨日の帰りのこと。


 僕の過去、日照雨さんの感情の違和感。それを明かしたこと。


 僕の背中側にある腕が回り切らないほど太い木の幹に体を預ける。


「まぁそうだね。でも、僕は過去のことを考えているわけじゃない。あくまでこれからのこと。だから心配はしなくて大丈夫。ありがとう」


 日照雨さんは僕の横顔をじっと見ている。やがて前を向き、僕と同じように後ろの木に寄りかかる。


「『今以上も以下も望んでない』だっけ……」

 雲一つない空を見上げながら日照雨さんがつぶやいた。


『今以上も以下も望んでいない』


 高望みしなければ何も期待する必要がない。期待しなければ傷つくことも少ない。

 現状維持。

 それが1番だと"あの日"から考え、行動するようになった。


 そんな暗く、鬱蒼とした感情がはびこっていた僕を君はその強烈な太陽で照らしたんだ。

 光なんて届くこともなかったのに、君はその小さな隙間をくぐりぬけ、僕を内側から照らしてくれた。


他人ひとと関わりたい。本当はずっと今以上を望んでたんだ。僕はそれにずっと蓋をして閉じ込めて、見て見ぬふりをしてた。けれど――もう一度この"力"を誰かのために使えるかもしれないと思ったらさ、もう誤魔化せなくなったんだよ」


 僕は日照雨さんと目を合わせる。

 その瞳は不思議なくらい透き通っていて、僕の感情が日照雨さんの瞳に反射しているように思えた。


「だから昨日も言ったけどさ、これからもよろしくお願いします」

「うん……! よろしくね!」

 日照雨さんは少し顔を紅く染めながら笑顔で応える。

 頭上の太陽もより輝いて見える。


 目を離すタイミングをお互いに見失って、数秒見つめあう格好になった。


 ――キーンコーンカーンコーン。

 そんな僕と日照雨さんの間を切り裂くように予鈴が鳴り響く。


 日照雨さんは反射的に立ち上がる。

「あ、も、もう、教室に戻らなきゃ! 次のデートのことはまた今度ね~!」

 手をひらひら振りながらそそくさと自分の教室に走っていった。


「ふぅ……僕も戻るか」

 誰もいなくなった中庭に息を吐く。


 その日の午後は急に雨が降ってきた。

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