第18話 少女に傘を差せ。③

「ママー! パパー!」


 少女は親を見つけると日照雨そばえさんと繋いでいた手を離して走りだし、勢いよくお母さんの胸に飛び込んだ。

「ういな! もうっ! どこいってたの……!」


 お母さんは我が子を力いっぱい抱きしめる。けれどもそこには優しさが確かにある。

 お父さんもほっとしたような顔で2人の様子を見守っている。

 2人の頭上に晴れマークが浮かび上がる。


「あのお兄ちゃんとお姉ちゃんがね、お母さんとお父さんのことを見つけてくれたの」

 少女は僕たちを指さす。

「え? そうなの?」

 お父さんとお母さんは少女が指さした方へ視線を向ける。

 やがて僕たちに気付き、やや早足でこちらに向かってくる。


「この度は娘が大変ご迷惑をおかけしました! 申し訳ありません! そして、ありがとうございました……」

 お母さんは今にも泣きそうな震える声で感謝の言葉を捲し立てる。

「いえいえ。無事お父さんとお母さんが見つかって何よりです。と言っても私は何もしていないんですけどね。隣の彼が見つけてくれたんです。だから――お礼は彼に言ってあげてください」

 日照雨さんはふらふらな僕の様子を見て、代わりに笑顔を浮かべながら朗らかに返答してくれた。


 お母さんは僕の方へ体を向けて上半身を深く曲げる。

「本当にありがとうございました! 何かお礼をさせてください……」


「お礼ですか……。なら――どうか娘さんのことをあまり怒らないであげてください」

 お母さんは僕の言葉の意味がわからず、困惑の表情を浮かべている。


「これは僕の推測でしかありませんが、きっと娘さんは今、左手に握りしめているお小遣いでお母様に母の日のプレゼントを買いたかったんだと思います。それもお母様に内緒で」


 お母さんは何かに気付いた様子で少女のほうへ振り返る。

「……そうなの?」

 少女は目を合わせることなくこくりと頷く。


「もちろんそれでお二人からはぐれ、迷子になってしまったことは紛れもない事実です。ですが――娘さんのその勇気と優しさに免じて許してあげてください。そして、仲睦まじい姿を僕たちに見せていただくことがお礼ということでどうでしょうか?」


 我ながらくさい台詞をはいている自覚はあるが、今はどうでもいい。

 恥ずかしさなんて二の次。

 僕はエネルギーを消費しきった脳を精一杯働かせてどうにか言葉を繋げ、なんとか笑顔で締めた。


「――ございます。本当にありがどうございます……」

 お母さんは涙を流しながら、何度も感謝の意を述べていた。お父さんももう何回かわからないほど頭を下げ続けている。


「じゃあ僕らはこれで……」

「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」


 踵を返して、映画館へ向かおうとする背中に声がかかる。

 振り向くとすぐ後ろに少女の姿があった。


「ありがとーございましたっ!」

 少女ははじけるような笑顔を浮かべる。

 その純粋な感情が伝わってくる表情に面喰ってしまう。


 久々だな、この感覚。


 僕は少女と同じ目線になるようにゆっくりしゃがむ。


「もう迷子になっちゃダメだからね。お兄ちゃんとの約束」

 そう言って僕は右手の小指を少女の前に差し出す。

「うん! 約束する!」

 少女の小さく、細い小指が僕の小指と絡まる。

 ほのかな温かみと優しさを感じる。


 僕は立ち上がり、歩き出す。日照雨さんも僕に合わせて隣を歩く。


「バイバーイ!!」

 少女は全力で飛び跳ねながら全身を使って僕らに手を振る。


 最後に見た3人の頭上には晴れマークしか浮かんでいなかった。


 思わずその光景に安堵のため息がこぼれる。


「天空くん、嬉しそう」


 僕の様子を見て日照雨さんが優しい微笑みを浮かべている。

 君のほうが僕よりよっぽど嬉しそうだけどな。

 その感情も僕が言わないとわからないのだろうけど。


「僕はもうヘトヘトだよ。でも――嬉しいっていうのはうん、間違ってないと思う」


 日照雨さんは驚いたように目を見開き、すぐに顔を崩す。

「そっか!」


 雷雨が止むまで傘を差して我慢できたことへのご褒美ってことにしておこう。

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