第13話 幻

 はっ、今何時だ?

 やばい寝落ちした。

 周りはみんな酔い潰れて俺と同じように寝ている。

 頭が痛い。

 これが二日酔いってやつか。

 今日は宿で1日マーチルに介護してもらおう。


 そうだ! マーチルだ。

 一日中帰らなくて心配してるかもしれない。


「レバゾアさん起きてください!」


 しかし、ゆさってもなかなか起きない。

 しょうがない、ルディさんに伝言を頼もう。


「ルディさん起きてください!」


 しっかりもののルディさんも起きない。

 酒癖が悪い人なのかな。


 他の人も試したが誰も起きようとしない。

 こんなことあるか?

 何かがおかしい。


 そういえばエレンさんがいない。

 昨日一緒にいろいろと話したのに……

 考えすぎか?


 とりあえず外に出る。


「え……どういうことだ?」


 確かに今外に出たはず。

 寝ぼけている感覚はない。

 むしろ冴えていると言ってもいい。

 しかし、外に出ても何故かレバゾア商会の中に入る。


「どういうことだ……何が起きてる……エレンさん! いますか? いるなら返事してください!」


 しかし沈黙が広がる。

 そうかこれは夢か。

 ほっぺをつねる。


 ほら痛くない。

 しかし指先には何かがあった。


 それはピンク色でぶよぶよしていて、そう、まるでほっぺだった。


「うわぁ!!」


 ほっぺが取れた。

 なんてリアルな夢だ。

 夢でよかった。

 しかし、体のそこから震えが止まらない。


 覚めろ! 覚めろ! どうやったら覚める!?


 何度も外に出ようとした。

 この建物ごと壊そうとした。

 なぜかおいてきたはずの剣で自傷もした。

 しかし、目が覚めない。


 怖い怖い怖い怖い……

 

 そういえば、何かのアニメで夢の中で死んだら意識が戻るというのを見た。

 痛みは感じない。

 試す価値はある。


 剣を首に据える。

 夢だとわかっていても怖い。

 手が震えて一向に動かせない。


「うおー!!」


「……きろ!!」 「起きろ!! レイク!!」


 勇気をだして自害しようとしたとき何かが聞こえた気がした。

 声? 誰かが俺の名前を呼んでいる。


 耳からではなく脳に直接送られているようだ。




ーーー




「やっと起きたな! 幻覚だ! いつの間にか敵の術にハマっていた」


 気が付くと、先程レバゾア商会にいたはずなのにまだあの村の中にいた。


「早く、ルディとマストを起こしてくれ」


「はい!」


 俺とエレンさんで必死に起こす作業をしたが全く起きる気配がない。


「ギエエアアア!!」


「ちっ、もうきちまったか」


 けたたましい雄叫びと共に1匹のまさに怪鳥にふさわしい魔獣が上空から降りてきた。


「レイクはルディを連れて真っ直ぐ逃げろ! 俺はマルクを連れて逃げる」


「わかりました!」


 俺はルディさんを連れて一目散にランス王国に向けて走った。

 ちらりとエレンさんを見る。

 しかしエレンさんは逃げる素振りなどせず、魔獣と対峙していた。


「エレンさん!!」


「レイク、ルディを頼む」


「エレンさんは!?」


「気にするな。必ず戻る」


 ランス王国からマグル村まで約10キロほどある。

 歩いて2時間程度の距離だ。

 幸いこの身体は無尽蔵なスタミナとパワーがあり、ルディさんを背負っても走って30分で帰れる自信がある。


 エレンさんにはとっておきがあると言っていた。

 エレンさんなら無事戻ってくるだろう。




ーーー




 15分近く走っただろうか。

 エレンさんはまだ来ない。

 不安が募るが後ろを向かず前へ進む。


 奇声が聞こえる。

 悲鳴のような雄叫びのような耳障りな音だ。


「ギエエアアア!!!」


 上空から先ほどの怪鳥がやってきた。

 ってことはエレンさんはどうなったんだ?

 嫌な予感がする。

 そんなわけないよな?


「レイクゥ!!」


 エレンさんの声が聞こえる。

 ほら、やはりエレンさんは生きてる。

 しかし目の前には魔獣と狼しか見えない。


「うわぁ!!」


「俺だ! エレンだ! 信じろ!」


 怪鳥は俺に向けて鋭い脚を出してくる。

 しかし、それを間一髪の所で狼もといエレンさんが噛みついて阻止した。


「俺が食い止める! だから早く行け!」


 怪鳥はエレンさんをその鋭い脚で掴むと思い切り地面へと急降下した。


「エレンさん!!」


 思い切り地面にたたきつかれたエレンさんはおびただしい量の血を出していた。

 おそらく今ので身体の骨がほとんど砕けただろう。


「い……け……」


 エレンさんの微かな声が聞こえる。

 しかし俺の身体はこれ以上前へとは進んではくれなかった。

 まるでこの身体自体が前へ行くことを拒んでいるかのようだ。


 ルディさんをゆっくりと下ろし、剣を抜き、怪鳥と対峙した。

 改めて対峙すると、怪鳥の恐ろしさに漏らしそうになる。

 剣先も震えて定まらない。

 早く逃げ出したい。

 なのに、足がいうことを聞いてくれない。


「やめろ! レイク!  早く、逃げろ!」


 エレンさんはボロボロになりながらも俺に逃げろと言う。

 どうしたんだ俺の体。

 体が全く逃げようとしてくれない。


 そんな俺の異常に怪鳥は当初出方を窺っていたが、我慢に耐えきれなかったのか突っ込んできた。


 敵は上空、こちらは地上。

 相手の方が有利な状況にある。 

 だが、負けるわけにはいかない。

 ルディさんはいまだ目を覚まさない

。エレンさんは満身創痍。


 以前父上からグリフォンの倒し方を教わった。

 こっちが地上にいる限り相手が攻撃できないのは同じだ。

 まして空中にいけば相手の有利な戦場となる。

 だから、待て。

 相手が攻撃できるとき、それが攻撃できるときだ。


 当時は話半分しか聞いてなかったが、なぜか思い出せた。

 父上の修行が役に立つ時が来るとは……


 守りの型レイド流の型を取る。

 敵の真っ直ぐな攻撃はまるで父上の攻撃。

 しかし避けてはならない。


 避けてもこちらの有利にならないだけではなく、未だ幻覚に入ってるルディさんに危害が及ぶかもしれない。


レイド流極意その一『常に冷静であれ』


レイド流極意そのニ『相手の力を利用せよ』


レイド流極意その三『静かな怒りを持て』


 敵の攻撃を冷静に見て、力の流れに逆らわずベクトルを変える。

 怪鳥の攻撃を横に流す。

 怪鳥はバランスを崩し胴から倒れていった。


 しかし、再び舞い上がり今度はクチバシを尖らせて突進してきた。

 だが、今回も受け流すことに成功し、轟音を奏で、思い切り地面に刺さった。


 初めて受け流すことができた。

 父上との組合いでは一度も成功しなかったのに……


 よし、これはチャンスだ。

 今度は攻めの型アレフ流だ。

 この型は父上の家系が作り上げた圧倒的攻撃力を誇る型だ。


アレフ流極意その一『豪力』


アレフ流極意そのニ『轟力』


アレフ流極意その三『剛力』


 ふざけているような極意だが、つまりは力こそ全てということだろう。

 その極意のもと持てる力全てを注いで思いっきり縦に剣を降った。 


 怪鳥は綺麗に2つに分かれた。

 

 型がはまればこんなにすごいのか……

 最近というか、家を出てからずっとさぼってきたが、帰ってから練習しようと思う。


「はあはあ、やった、やったぞ!!」


 俺も成長していたってことか。

 戦いの最中は、まさに幻覚にでもかかったみたいに身体が動いた。


 そうだ、エレンさんの容態が心配だ。

 エレンさんの元へ駆け寄るといつものエレンさんになっていた。


「エレンさん! エレンさん!」


 息はある。

 ひとまず生きているみたいだ。


「エレン!」


 いつの間にか目を覚ましたルディさんがエレンさんへと駆け込む。


「どうしよう、私、回復魔法使えない……うっうっ……」


 あの冷静な印象のルディさんが酷く慌てている。


「ルディさん……」


 (おい、私聞こえるか? 今から私の言うことを復唱しろ)


 何か聞こえる。

 俺ではない俺の声が聞こえる気がする。


 (気がするではない)

 (私は貴様だ)

 (正確に言うと本来のレイクだ)


 何を言ってるんだ?

 本来のレイク?

 まるで俺が偽物みたいじゃないか。 


 (そうだ)

 (思い出せ)

 (貴様には私には無い記憶を持っている)


 やめろ。

 俺は俺だ。

 俺がレイクだ。

 お前はもうレイクじゃない。

 俺が、俺が……


 (……わかった)

 (貴様がいかに幼稚であることが十分に理解できた)

 (もういい)


 もういいだと……何をするつもりだ?

 ぐっ頭が痛い!!

 やめろ。

 頭が割れる。

 やめろ!! 俺を奪わないでくれ!!




ーーー




「レイク……?」


「『ヒール』」


 レイクがエレンに向けて回復魔法をかけた。

 するとみるみるエレンの顔色が良くなり、目を覚ました。


「レイク、お前がやったのか?」


「そうだ」


「……そうか……ありがとな」


「それでは帰るとしよう」


 こうして初めての依頼は無事達成されたのであった。




ーーー




 一方その頃マグル村では……




「おーい! エレン!  ルディ! レイク!  居るんだろ! おーい!!  嘘だろ。冗談ならやめてくれ!! おーい!!」

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