好きの反対は嫌い

 好む。それを好きになる。

 それは極めて不確かにして不明瞭なものでありながら、いつだって他者と共感できる自己顕示欲の現れ。

 同時に対極の嫌いも同様でしょう。

 誰かを嫌う動作ほど盛り上がるものはなく、例として悪口や陰口に類似します。人を嫌い罵倒したり嘲笑する時ほど愉悦に浸ることはそうそうない。

 好きと嫌いは私たちの生活を豊にしては、他者を引き留める綱なのです。

 だから、貴方の意見に私は反対します。


「好きの反対は拒絶。つまり嫌いに当てはまります。決して虚無ではありません」

「でも、よく言うじゃん。好きの反対は無関心だって」


 誰が言ったのか知りませんが、その解答は間違いです。私は諭すように彼に返答します。


「無感情とは正しく何も考えていない、感情が揺れ動いていない状態のことです。つまり、感情という舞台において無感情は出場していないのです」

「どういうこと?」

「好きという感情は端的に言えばプラスの思考。ならその反対はもちろんマイナスです。プラスがポジティブや好意、喜楽ですから対極の感情は必然的にネガティブや嫌悪、悲観。こう見た場合無感情はどちらにも属さない中立となるので好きの反対には決してなりません」

「でもそれって、君の私論だろ?」


 確かにそうです。私にとって好きの反対は嫌いであり、無感情は感情が色づく前の基盤、中立と考えています。

 きっと私の考えをどれだけ語り聞かせたところで納得できない人は納得しません。恐らくこの問題に正解はないのですから。それでも、私は自分の正しいと思う考えを貫きます。


「私は好きでもない人には拒絶をします。嫌いな人はちゃんといます。嫌悪感を抱きます。でも、好きな人には心が躍り、好きなものを前にすると嬉しくなります。

 私には感情があるのです。人間としての権利があるのです。

 でも、無感情はそもそもの段階なのですよ。興味がないことに感情は揺れ動きません。意味のないことに思考はなされません。

 好きという感情を問題点として線を結んでいるのですから、答えは自然と感情であるべきなのです。

 私は誰かに気遣える人が好きです。

 反対に周囲を気にしない馬鹿な人は嫌いです。

 自然に心から話しができる友達が好きです。

 反対に社会に出たらとか勉強がだとか強制してくる大人が嫌いです。

 私は好きになれない人を私は拒絶します」


 それが私の答え。

 きっと誰しもが心の中、意識の端で好きと嫌いがあり、それを悟らせないために無感情を装っている。目の前で貴方の事が好き、嫌いと告げるのは勇気と覚悟が必要だから。そして伴う痛みも理解しているから。

 それでも、人間は同調を好み共感を求める。独りじゃないことを知りたいだとか、誰かに語りたいだとか、責任を分断しないだとか色々あるだろうけれど、誰しも自分だけの好きと嫌いを持ち合わせている。


「貴方も好きと嫌いがあるでしょう」


 だから、好きの反対は嫌いなのです。彼は少し考えてから笑いました。


「そうだな。俺も好きと嫌いがある。感情はあるんだから感情で応えるのが道理だな」

「ええ、貴方のことが好きな人と、貴方のことが嫌いな人がいます」

「君のことが好きな奴がいて、でも嫌いな奴もいる。ああ、無感情はそもそもの論点がズレてるってことか」


 そう言った彼も実際はわかりきれないようで、曖昧に笑いました。だから私も笑みを浮かべます。こうして共通のことを話すことが共感なのでしょう。好きなことで盛り上がり、嫌いなことでバカ騒ぎして、でもそれらは人の育みに欠かせない感情の流出。

 私たちは好きと嫌いを題材にコミュニケーションを取っているのですね。


「なら、君の好きなものと嫌いなものを教えてくれ」

「もしも、貴方のことが好きと言ったらどうしますか?」


 私のほんの悪戯に彼は驚き呆れたように笑うのです。


「なら、俺が君を嫌いと言ったら?」


 そんな仕返しにズルいと思いながら、私たちは好きと嫌いを共有し共感し共鳴し、どこかで反発しあいながら人間関係という荒波の中を生きていくのでしょう。

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