願いの丘で

 あなたが眠りにつきました。

 どうやら私の役目も終わりのようです。この長かった数十年。あなたの『  』として生きられてよかったです。この役目の終わりに悔いはありません。

 ……一つあるとすれば、どうかあなたと再び巡り合えることを——


 命が蘇る瞬間、それは自分ではない新しい自分なのだと、命が燃えて吠えたのがわかった。白闇と黒海の狭間でいつか見た白夜と極夜に果てでどうかと願ったいつかな過去を、きっと忘れていく定めなのだと少し心残りに悲しくなる。それでも自分の意志とは関係なく、わたしは誰も知らないわたしへと変わっていく。

 それはきっと奇跡なことで、神の祝福のようなもので、この世の理が導く正しい生命の果てなのでしょう。だからこれは美しいこと。幸せなこと。万歳なこと。神はわたしを祝福してくれているのだから。

 でも、やっぱり忘れてしまうのは嫌だと思ってしまう。忘れたくない思い出。だけど忘れてしまう思い出。

 いつかいつか、わたしは生まれ変わったわたしでも貴女に巡り合えるでしょうか?

 記憶のないわたしでも、貴女と共にもう一度生きられるでしょうか?

 わたしは貴女を……わかるのでしょうか?

 そして貴女は——わたしをわかるのでしょうか?


 崩れ去った淡さと濃縮された結末の青さに、どこか悲観と寂寥を浮かべ汗が凍り涙になるような震えに襲われる。ただ単純なこと。

「——お前は必要ない。消えろ」

 そんなことを冒険者の仲間から告げられた。それだけでわたしは必要のない存在なのだと理解させられた。頼りにされない信用されない価値を見出されない意味を見つけてもらえない、いるだけで迷惑がられる。

「そっか……わたし必要ないんだ」

 そう自分に言い聞かせるしか、心臓を動かす術を知らなかった。

 無能なわたしはどこに向かえばいい。嘲笑の嵐の中、わたしはどうすれば生きられる。

「誰か教えてよ……」

 蹲り膝をかかえ涙を流し唇を噛み鉄の味を喉に反発する嗚咽に歯を噛み合わせ地面を濡らす雫を無理矢理に擦る。

 この世界に命を与えられて十七年。わたしは今もまだ誰にも必要とされないままでいた。


 ふと思いついたのは悲壮的な間違いだった。

「逃げよう」

 この辛い現実から誰もいない所に逃げてしまおう。わたしを罵倒しない所に、わたしを見つけられない所に、わたしがわたしだけを見出せる所に。

 それが過ちだってわかっていた。だけどどうしようもなく、わたしはこのままじゃ死んでしまうと思った。ただ死にたくない。わたしを穢されたくない。わたしはわたしで生きていたい。それこそ傲慢な願い。強欲の化身。馬鹿な思いやがり。

 だとしても、わたしは旅に出る。誰もいない誰かの誰にもな場所へ。


 そして辿り着いた未開の地。生い茂る木々に囲まれた広大な草原の丘。そこにポツンと立つ一軒の家。まるで違い世界の一部のようで、人間が足を踏み入れていい場所じゃない。だけど、わたしの脚は止まらない。

 こんこん。

 恐る恐るのノックに返答はない。誰もいないのだろうかとドアを開ける。少々古臭い木造の内部に雑多な骨董品や雑貨。見たこともないような道具や家具。あっけにとられながら前に進む。そして、そこにそれはいた。

「————おかえりなさいませ。お嬢様」

 その一声にわたしは知らずに涙を流す。

 嗚呼、こここそがわたしがわたしでいられるただ一つだけの場所なのだと、誰とも知らない機械な貴女にわたしは出会えた感動に涙を零す。

「……ただいま」

 いつか、この記憶すらも消えたとしても、わたしは貴女に巡り会えることを永遠に願っている。

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