第5話 だがまだまだだ

「朝だぞ、アレル! アレルの大好きなお姉ちゃんが起こしにきてやったのだ!」


 朝から部屋に大きな声が響いた。

 姉さんがベッドで眠る俺のところへ駆け寄ってくる。


「相変わらずアレルは朝が弱いな! よし、お姉ちゃんのおはようのチュウで――」


 ゴンッ!


「朝か」


 俺は欠伸を噛み殺しながらベッドから降り、部屋を出た。


「ちょっ、今、思いっ切りお姉ちゃんを殴っただろ!? しかも何事も無かったかのようにスルーしてるし!?」


 涙目で頭を押さえて喚く姉さんの声を背中に、俺は居間と向かう。


「あら、おはよう、アレルちゃん」

「おはよう、母さん」

「朝食ができてますよ」

「ありがとう」

「こらーっ! お姉ちゃんを放置するなーっ!」


 うむ、相変わらず母さんの料理はおいしい。


「父さんは?」

「まだ寝ていますよ。お姉ちゃん、起こしてきてくれますか?」

「ぐぬぬっ……分かったのだ!」


 俺と父さんは似ているところが少ないが、唯一、朝が弱いという点だけは一緒だった。

 母さんに頼まれ、なぜか悔しがりながらも姉さんは父さんを起こしにいった。


 朝食が終わると、俺は昨日の広場へ。


 赤髪との試合を思い起こす。

 俺は負けた。

 あの〈双刃斬り〉という攻撃スキルを攻略できないまま、加護が半分以下になってしまったのだ。


 だが勝敗はどうでもいい。

 そもそも手合わせの途中から、俺はあのスキルを防ぐことより、〝視る〟ことばかりに集中していた。


「〝双刃斬り〟」


 藁をぐるりと巻き付け、いつも打ち込みの練習に利用している大きな木へ、俺は昨日の技を見よう見まねでやってみる。


 ガッガッ!


 ふむ。

 ダメだな。

 今のはただの二回攻撃。

 木の左側を叩いて、それから右側を叩いた。

 それだけだ。


 本物の〈双刃斬り〉は、まったく同時に二か所を斬りつけなければならない。


「もっと剣速が必要か」


 次はとにかく速度を意識してやってみる。


 ガッガッ!


 ダメだ。

 これも二回攻撃でしかない。


「手首の返しも大事だな」


 左側を斬った後、次に逆側を斬るには一度手首の向きを変えなければならない。

 この時間を極限まで短くしなければ。


 ガガッ!


「うむ。今のはさっきまでよりも速かった。だがまだまだだ」


 音の間隔は縮まったが、それでも〝まったく同時〟とは言い難い。


「もっと速く」


 ガガッ!


「もっともっと」


 ガガッ!


「まだまだ」


 ガガッ!







〈双刃斬り〉の練習を始めてから一か月が経った。


 俺は今、町の外へと来ている。

 目の前には鬱蒼と木々が生い茂る森。

 その中へと足を踏み入れた。


 しばらく進んでいると、とある生き物と遭遇した。


「グギェッ!」


 悍ましい鳴き声を発したのは、緑色の肌をした醜悪な外見の魔物。

 ゴブリンだ。


 十歳の俺と同じくらいの背丈しかなく、知能も低い。

 動物か何かの骨を削って作った槍のようなものを手にしていた。

 俺はすぐに剣を抜いて、こちらを見つけるなり襲い掛かってきたゴブリンを迎え撃った。


「〝双刃斬り〟」

「ギャッ!?」


 ゴブリンの首が飛び、胴体が上半身と下半身で泣き別れる。

 血が盛大にぶちまけられた。

 当然ながら即死である。

 人間と違い、加護を持たないゴブリンは、それなりの剣の腕があれば簡単に倒せる魔物なのだ。


「ふむ。上手くいったな」


 俺は今、ゴブリンの首と胴体を同時に斬り裂いた。

 まさしく、あの赤髪が見せた〈双刃斬り〉である。


 成功したのは今日が初めてというわけではない。

 練習ではすでに何度も成功していた。

 この森には、実戦でも上手くいくのか確かめに来たのだ。

 動く生き物を相手に成功したのは今のが最初である。


 その後も俺は幾度かゴブリンと遭遇し、〝双刃斬り〟で仕留めた。

 首と胴体だけでなく、首と足、右腕と左腕など、様々な形を試してみたが、すべて上手くいった。


 それにしても試し斬りには持ってこいの相手だな、ゴブリンは。

 たまに群れていることがあるので、それだけは気を付けなければならないが。


「こんなところか」


 大よそ満足した俺は、そろそろ町に戻ろうかと踵を返しかけ――


「あああぁっ!」


 森の奥から悲鳴が響いた。


「……何だ?」


 間違いなく人の声だ。

 しかも子供の声のようにも聞こえた。


 俺は木々を掻き分けて声がした方向へと走る。

 やがてそれが見えてきた。


 どうやら人が魔物に襲われているようだ。

 だが、あいつは……


「くそっ……まさか、こんなのに出会うなんて……!」


 憎々しげに歪めているその顔に見覚えがあった。

 先日の赤髪だ。


 右手に剣を持っているが、左手はだらりと垂れさがっていた。

 骨が折れているのか、少し変な方向に曲がっている。

 どうやら加護を超過したダメージを負ってしまったようだ。


 その赤髪と対峙しているのは、ゴブリン――なのだが、デカい。

 180センチはあるだろうか。

 ゴブリンにしては異常な巨体だ。


「ホブゴブリンか」


 ホブゴブリンは、ゴブリンの上位種である。

 見た目はゴブリンと瓜二つなのだが、身体は遥かに大きく、怪力だ。

 棍棒を手にし、赤髪を見下ろしながらニタニタと不気味な笑みを浮かべている。


 恐らく赤髪の腕はこいつにやられたのだろう。

 彼も実戦のためにこの森に入ったのだが、不運にもホブゴブリンに出会ってしまったと推測される。


 子供が一人で森に入るなんて、危険だ。

 いや、俺が言えたことではないな。


「幸いこっちには気づいていないな」


 俺は身を潜めていた草の陰から飛び出し、ホブゴブリンに背後から襲い掛かった。


「〝双刃斬り〟!」

「ッ!?」


 ホブゴブリンの首に、両側から二つの斬撃を同時に叩き込んだ。


 ゴブリンより遥かに硬い首の肉。

 しかし挟み込むように放った〝双刃斬り〟のお陰ですっぱりと斬れて、頭部がくるくると宙を舞って地面に落ちた。


「ァ……」


 巨体が崩れ落ちる。


「ふむ。久しぶりだな」

「な……」


 赤髪が大きく目を見開いていた。


「ど、どういうことだ!? 何で貴様が〈双刃斬り〉を使える!?」

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