小鳥不遊 -神との結婚-
冷たく身を切る風。
黄昏から暮れた背景にあなたは見た。
闇の奥へと走る石畳には朱灯篭が並び、見る者を闇の奥へといざなっている。
あなたは闇に眼を凝らすでもなく、朱灯篭の明るさで奥へと進んだ。
闇は濃くなる。等間隔の朱灯篭の明るさは変わらない。
あなたはやがて綺麗な着物をまとう小さな影へと行き当たった。
「これが我が伴侶か。随分とチンチクリンじゃのぉ」
あなたは今夜、婚儀を交わす事になっている相手を小悪魔っぽい吊り眼で睨んだ。
あなたの左眼は望月の月光を放っている。
相手もそうだ。円く大きな左眼が月色の光を放っている。
左眼が放つ円く朧な月光。それが宵神とその贄に選ばれた人間の印。
「えーと」とその子供の様な小さな男が口を開いた。顔だけ見れば愛嬌のある美少年だ。「僕が『
「我が『終月』じゃ。尤も宵神は名などにはこだわらんというのが世間一般の認識じゃがな」
あなたはVサインを横から顔に添え、ウィンクをしてみせた。暗闇に月の光が飛ぶ。
「えーと、僕などに至らないところもあるでしょうが……これからよろしくお願いいたします」
小鳥不遊が大きな頭を丁寧に下げた。下げすぎて前に転びそうだ。
「我こそよろしくお願いするぞ。何、婚儀が終われば寝屋の楽しみが待っておる。早く婚儀の社に向かおうぞ」
あなたは派手な和装束の裾を長く細い脚で割る。
あなたが差し出した白い手を小鳥不遊が握り、二人並んで婚儀の社へ向かおうとしたその時。
「ちょっと待ちやがれ」
筋肉質な不遜な輩が十数人も朱灯籠の灯が当たらぬ闇から現れ、あなたと小鳥不遊を取り囲んだ。
「何じゃ、お主ら。ここらの民じゃないな」あなたは不穏を覚った。「神が気づかぬとはお主ら、不浄の隠形の技を使うな」
「うるせー。グダグダ言ってるんじゃねえ」
荒衣を着崩した男達が手に棍棒や鉈を握り、不遜な外卑た眼線を二人に浴びせる。
「お主ら……悪神に魅入られたな……」
あなたの言葉に先頭の男は石畳に唾棄し、
「つべこべ言うな。てめえらの住む社もここももうこの世には要らねえんだよ。邪魔なんだよ。解ってんのか。もう神にへいこら豊作を乞うている様な世の中じゃねえんだよ」
「悪神にそう吹き込まれたか」
「うるせー。ここは線路を通すには邪魔なんだよ! 今はもうお汽車様が走る時代なんだよ!」
振り下ろされた鉈をあなたはよけた。
本気だ。神を殺すつもりなのか。
「やめるのじゃ! バチが当たるぞ!」
「うるせー!」
身軽にかわし続けるあなたを十数人の男が鉈や棍棒、手槍で追い立てる。
「やめろー! 終月をいじめるなー!」
「手を出すんじゃねえ、このガキ!」
走り出した小鳥不遊の小さな身体が地に弾んだ。
振り下ろされた棍棒が後頭部を叩きつけたのだ。
「小鳥不遊っ!」
あなたは叫んだ。
数人の男達は無力に見えた小鳥不遊に一斉に襲いかかった。
めいめい二回三回と得物を力一杯振り下ろす。
「やめい! やめるのじゃ」
あなたは止めようと細い手をのばすが、身体を男達に捕えられた。
悪神の悪意にあてられたのか、男達は嗜虐の顔をしながら小鳥不遊を責め続ける。
「やめいというのじゃ! どうなっても知らんぞ!」
あなたは叫ぶ。
突然、男達の手が止まった。
しじまが夜を打つ。
一人の男が自分の不自然な方向に折れた腕を眺め、青白い顔でこちらへ振り向いた。
もう一人は石畳を叩いて砕けた古い鉈の刃が、額を深く割っていた。
残りは互いが振り下ろした得物が、勢い余って対面の仲間の顔をえぐっていた。
その男達に囲まれてうずくまっている小鳥不遊は傷一つ負っていない。
「だから言ったのじゃ。バチが当たると」
あなたは哀しそうに呟いた。
むやみやたらと得物を振り回していた男達の高揚が止んだ。
恐怖と苦痛でその場にしゃがみこみ、あるいは地に転げる。
呆然とした男達の手からあなたは和装束の裾や袖を取り戻し、襟を直す。
「お主ら、仮にも自分達が崇めてきた神の姿形も知らなかったか。……光を強く放つ、その月を」
小さな小鳥不遊が立ち上がる。周囲の男達の背に長く影をのばすほど、強く月光が射すその左眼。
身柄は小さな、宵神。
暴力に対して神は自ら動かない。ただ罰が返っていくだけ。
男達は悲鳴を挙げた。
朱灯篭の端から無様に逃げ出した。倒れた仲間に肩を貸し、かろうじて息がある者を必死に担いで。
男達が暗闇に逃げ帰るのを見送って、あなたは小鳥不遊に近づき、着物の土を払った。
小さな神は少しも傷ついてはいない。
ただ哀しそうな顔をしていた。
「神が哀しい顔をしていては誰も笑えんぞ」
「人にバチを当てて、嬉しそうな顔は出来ませんよ」
あなたは小鳥不遊の顔を胸に埋めた。
この心底から人を傷つけるのを嫌がる、優しすぎる宵神を。
「お主はこの終月を守ろうとしてくれたな。それだけで我は心から愛せるのじゃ。さあ行こう。哀しい顔で婚儀をせんでくれ」
あなたは小さな少年の手を取った。
一柱と一人で再び歩き出す。
婚儀の社で待っている者達に今の出来事を話すべきか。
迷って、哀しそうな優しい少年の美顔に壮観さを見て、心を決める。
この宵神に嫁ぐには生まれの月がその組み合わせを決めた。ただそれだけの縁なのかもしれない。
しかし今はこの神を守りたい。身も心も。
「小鳥不遊、もし何か困った事があったら、迷わずにこの妻を頼るのじゃぞ」
あなたはそれだけを言って、前を見た。
間違いない。この初対面の少年神に心底惚れている。
婚儀がすめば、終月も小鳥不遊も共に神の国へ招かれるという。
神の国には汽車など蒸気機関はないのだろうか。
もしかしたら、確かに人の世はもう神を必要としていないのかもしれない。
神と人の世の終わりを見守るのが宵の神の責務か。
いや暁神に世を受け渡す。その役目こそが貴い。
年の瀬は疾くすぎる。
雪が降ってきた。
あなたと宵神は荘厳な婚儀を行った。
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