銃声

 陽炎立つ、暑い夏の日。

 普段住む街から電車に乗って何時間という遠く離れた街の事。

 思いがけずマニアックなニーズに応えたとてもHなDVDを購入した俺は、茶色の紙袋だけを手に浮かれ気分でその街を歩く。

 並び立つ雑居ビルに挟まれた大きな通り。

 昼間だというのに人気がほとんどない。誰も街を歩いていない。

 かろうじて広い車道に幾つかの乗用車やトラックが走っているきりだ。

 その車道も赤信号。

 俺は交差点の手前に停まっているバイクに気がついた。

 緑色のレーサー・レプリカ。

 フルフェイスのヘルメットをかぶったライダーは雰囲気からして若い男。

 ……速く走る為に改造してるタイプだな。

 俺は歩きながら思う。バイクに興味はないがそのライダーはいかにも走り屋という感じだった。

 ともかく早く家に帰ろう。もうすぐ駅なはずだ。

 信号が青になった。


 パン! パーン!!


 バックファイア。

 凄い音。消音装置を外しているのか。驚いて心臓が止まるかと思った。

 緑のバイクは排気管から甲高い物凄く大きな音を立てて、一気に加速。この場を走り去った。

 まるで映画で観るピストルの発射音にそっくりの音。今、現場を見ていなかった人間は勘違いするんじゃないだろうか。

 それはともかく、駅へと急ぐ。

 その時、周囲のビルからわらわらと人があふれ出てきた。

 サラリーマンだったり、コック風な調理服を着ていたりと様様な者達だが、皆、必死に驚いた顔をしている。外に出てキョロキョロと周囲を見回す。

 俺はすぐ合点がいった。

 皆、今のバイクのバックファイアを、本物のピストルの音だと思って出てきたのだ。街中であんな音を聞けば、すわ事件かと思うのも無理はない。それほど今の音はピストルに似ていた。

 真相を知る者はここに俺一人。何だか意地悪な愉悦にひたりながら、その場を去ろうとする。

 と、慌てる者の一人がスマホをかけているのに気がついた。いや、一人だけじゃない。結構な数の者達がスマホをかけている。何人かが俺を指さしている。

 ……ちょっと待て。

 皆、警察に電話してるのか。

 俺が拳銃を撃った犯人だと思ってるんじゃないか。

 俺は早足になった。

 と、スマホをかけている者が俺の背を追ってくる。

 ちょっと待て! 追ってくるんじゃねえ! 俺は無関係だ! 音はバイクのバックファイアだ!

 なんかヤバい。これは警察が来るのを待って、堂堂と事情聴取で濡れ衣を晴らした方がいいパターンじゃないのか……。

 ……いや、駄目だ! きっと警官の注意を俺の持っている紙袋は惹くだろう!

 この中には買った人間の品位を疑わせるマニアックでヤバいブツが仕込まれているのだ! 法には触れないが、これを誰にも緊急生公開したくねえ!

 俺は走った。

 暑い夏の日に走った。

 スマホを片手に俺を追いかけてくる者達。

 遠く出かけた街で、俺はセンシティブな紙袋を抱えたまま、かつてないほどの速さで中距離走を競ったのだった。

 駅はどっちだ……!?

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