猛(モー)! ゾーディアック・ファイト!
「この勝負に異議ありだー!」
〈牛〉は感情を爆発させた。
「なんで地道に努力した僕よりも先に、ズルした〈鼠〉が干支の一番になってるんだー! 寓話的にもおかしいだろうがーッ!」
それは元日の事だった。
干支を決める為の競争で順番が決まったばかりの神様の前で、〈牛〉は憤りの言葉を挙げていた。
せっかく決まったばかりなのに、と神前宴会を始めていた他の動物達は波風を立てたくなかったが、神様は〈牛〉の言葉に納得した様だった。
「よし、異議を認める! ならば、この十二匹の動物達であらためて総当たり戦のバトル勝負を行う! その勝敗数に応じて干支の順番を再設定する!」
神様が言うや、周囲に濃霧が立ち込め始めた。元旦の朝霧ではない。のばした手の先さえ見えない本当の濃霧だ。
「皆、他の干支の動物達と一回ずつバトルをする事! どちらかが負けを認めるか、再起不能になるかで勝敗は決する! この濃霧の中、参加する動物達は他の敵とのバトルは観えない! つまり事前に作戦を立てる、といった小ズルい事は出来ない! そして各員、自分の名前や由来にちなんだ武器を一つだけ使うのを認める!」
こうして、唐突に干支の順番再審、神前バトル大会が始まった。
濃霧で周囲の何も見えなくなった中で〈牛〉はほくそ笑んだ。
〈牛〉のスピードはのろい。鈍牛である。
しかし、ここ一番の身体の爆発力をもとにした必殺技には自負があった。
(皆、僕の『ハリケーンミキサー』で蹴散らしてやる!)
考えている内に自分の前の霧が晴れ、そこには一匹の獣が立っていた。
〈猪〉だ。
どうやら彼が初戦の相手らしい。
「ストーム・ボア・ラッシュ!」
音速衝撃波と共に〈猪〉は猛突進してきた。
「ハリケーンミキサー!」
〈牛〉の突進が正面から〈猪〉の体当たりをカウンターで返した。
口からの鮮血が尾を曳いて〈猪〉は宙高くふきとばされた。
〈牛〉の勝ち。まずは一勝目だった。
「デッドリー・ハウリング!」
岩さえ砕く高周波で〈犬〉は吠えた。
「ハリケーンミキサー!」
突撃の双角が〈犬〉を宙高く放り投げた。
「パトリオット・レイザース!」
〈鳥〉の放った無数の羽矢はカミソリの如き切れ味だ。
「ハリケーンミキサー!」
突撃の前に〈鳥〉は雪の様に羽毛を散らして宙をきりもみした。
「ギガントピテクス・スタンピング!」
巨身化した〈猿〉が、その力強い足で鋭く踏み込んでくる。
「ハリケーンミキサー!」
かろうじてかわした〈牛〉がその巨体を弾き飛ばした。
「テンタクルズ・ウール!」
波打った黄金〈羊〉の体毛が八方から締め上げ、息を詰まらせる。
「ハリケーンミキサー!」
触手毛を引きちぎった〈牛〉の体当たりが〈羊〉を空へ放り投げた。
「ムスタング・ナイトメア!」
蹄鉄を打った〈馬〉の蹄の連打が凄まじい勢いで〈牛〉の身体を撃つ。
「ハリケーンミキサー!」
蹄の土砂降りを受けながら双角が〈馬〉を宙空へ突き飛ばした。
「デモニック・ポイズン!」
鋭い毒牙を突き立てようと巨大なあぎとを開く〈蛇〉。
「ハリケーンミキサー!」
絞めつけようとする長い胴体ごと〈牛〉は突進で弾き返した。
「パルサー・ジェット・ブレス!」
〈龍〉は眩く太い光線の如き、熱い吐息を放射した。
「ハリケーンミキサー!」
〈牛〉の角は相手の顎を痛打して、自分より遥かに大きい身体を宙へと跳ね返した。
「バニーガール・テンプテーション!」
人の姿をし、巨乳をバニースーツに収めた〈兎〉が戦闘不能状態にしようと桃色フェロモンをばらまく。
「ハリケーンミキサー!」
しかし〈牛〉には微塵ほども効かず、突撃によって〈兎〉が螺旋に宙を舞う。
「デス・バイト!」
金地に黒の縞模様の〈虎〉が〈牛〉の首を噛み砕かんと力強く襲いかかった。
「ハリケーンミキサー!」
〈牛〉の突撃は勇猛なる〈虎〉を濃霧の彼方へ弾き飛ばした。
「これで十勝か……」
〈牛〉は血と汗に濡れた身体を震わせる。
その彼に濃霧の中から現れた、神様の使いである狐が勝敗表を渡してくれた。
現在、全勝なのは自分と〈鼠〉だけだった。
後は〈鼠〉、こいつを倒せば全勝優勝で干支の一番目を勝ち取れるはずだ。
自分と同じ様に全勝を重ねる〈鼠〉の戦術はどんなものなのだろうと考えていると、前方の霧が晴れた。
するとそこにあったのは矮小な〈鼠〉自身の姿ではなく、二〇〇tはあるのではないかと思わせる巨大な鋼鉄の塊だった。
車体上に重なった砲塔からは砲身が愚直にのびている。
「巨大戦車!? 何だこりゃ!?」
〈牛〉が驚いていると、全高一〇m、全幅四メートルはあろうかという戦車の分厚いハッチが開いてちっちゃな〈鼠〉が顔を覗かせた。
「ドイツ製戦車『マウス』。僕の名前と同じだからレギュレーション違反じゃないよ♪」
「ちょっと待て! これが武器だとすると僕は圧倒的不利じゃないのか!?}
「知らないよ。フォイア!」
ハッチを閉めて、戦車内に引っ込んだ〈鼠〉。
しばらくすると砲塔が旋回して砲が俯角をとり、轟音と共に一二八mm砲を発射した。
〈牛〉の頬を掠める衝撃波。
砲弾はわずかに〈牛〉から逸れたが、その後方の地面に大爆発の大穴をあけた。
凄まじい威力だ。本命が命中しなくてもそれに付属した同軸砲が命中しただけで〈牛〉の身体は木っ端微塵になってしまうだろう。
〈牛〉は相手の狙いをかわすべく走り始めた。
しばらくすると巨大戦車マウスもキャタピラの轟音と共に走り始めた。
〈牛〉ものろいがこのマウスも機動力はそれよりも低そうだ。
走り続ける限り、マウスは〈牛〉には追いつけなさそうだ。
しかし、このままでは埒が明かない。
離れると車体が止まり、砲塔が動き出す。
離れるのは危険だ。あの砲にやられれば一発だ。しかし近づけば、あの質量にものをいわせて踏み潰そうとしてくる。
「ハリケーンミキサー!」
マウスの傾斜装甲は四足獣の突撃を軽くはね返した。全体の装甲厚は半端なさそうだ。
「ハリケーンミキサー! ハリケーンミキサー! ハリケーンミキサー! ハリケーンミキサー! ……!」
〈牛〉は必殺技を繰り出し続けた。
側面の一部を攻撃し続けるが、たとえそこが他に比べて装甲の弱い部分だとしても、果敢なる突撃はあっけなくはね返される。
〈牛〉は散発的に必殺技を繰り出しながら、着かず離れず逃げ続けるしか出来なかった。
「神様!」〈牛〉は走り回りながら濃霧の中で見守っているだろう尊いお方を呼んだ。「名前に準じた乗り物がレギュレーション違反でないというのなら、僕にもブルドーザーをお与えください!」
〈ブル〉か。うむ、いいじゃろう、という声が何処かで聞こえたと思った瞬間、〈牛〉の前方に一台の大型工事車両が現れた。
その黄色いブルドーザーに〈牛〉は急いで乗り込む。
「発進!」
大馬力のエンジン音と共にブルドーザーは全速前進する。
しかし、その大型工事車両も地上最大の戦車マウスの前には、玩具同然だ。
鬼ごっこをする様な二台のキャタピラ車両。
ブルドーザーの最小旋回半径が、超馬力を持て余し気味のマウスの懐に飛び込む事を可能にした。
「ハリケーンミキサー!」
ブルドーザーを全速力で突撃させ、ブレードを〈牛〉の角の様にキャタピラにぶち当てる。
「ハリケーンミキサー! ハリケーンミキサー! ハリケーンミキサー! ハリケーンミキサー! ……!」
突撃の往復運動。
すると、戦車の幅広の履帯が破損して、まるで発条が外れたように大きく跳ね上がった。
制御不可能になった巨大な車体が渦を巻く様にスピンする。
実は側面装甲を攻撃し続けている様に見せていたのはフェイクで、ずっと回転するキャタピラの特定の一部を必殺技で狙っていたのだ。
ダメージが蓄積した左側の履帯は破壊され、巨大戦車は動輪を空転させ続けるのみでまともに走れなくなった。
次いでブレードをキャタピラが取れた戦車の下側に潜り込ませる様に突っ込ませる。
マウスの巨大な重量を完全にひっくり返す事は出来なかったが、車体下に食い込ませる事が出来た。これで戦車は更に動こうとすれば自重で横に倒れてしまうだろう。
それどころかこれでは砲塔を旋回させる事も出来ない。
車体上面のハッチが開いて、〈鼠〉が脱出しようとする。
その隙を逃さず、〈牛〉はブルドーザーを飛び降りた。
「ハリケーンミキサー!」
〈鼠〉の小さな身体は猛烈な角に突き上げられ、空の星となった。
猛牛は鈍牛に戻った。
全ての戦いが終わり、濃霧が晴れていく。
今まで濃霧に隠れていた動物達の姿がまた観える様になった。
皆、戦い、傷ついていた。
「……神様、これで僕が干支の一番目ですね!」
疲れ切った〈牛〉が誇らしげに、それでいてのんびりさを取り戻して神様と相対する。
濃霧が晴れ切った時、神様は中断した宴会を一柱で行っていた。
いや一柱ではない。
そこには〈猫〉がいて、神様をもてなしていた。
「いやぁ、この『ちゅーる』というのは天界の味の如く、美味しいのう」
「これで、僕達〈猫〉を干支の一番目に据えてくれるという件は……」
「勿論、よかじゃ。干支の一番初めは猫年に決定じゃ!」
狐によって決定された干支の表が配られる。
それは戦いつかれた動物達が仰天する内容だった。
十二支の動物が戦っている最中、遅れて到着した猫は『ちゅーる』で神様を接待し、干支に自分を一番として加える事を約束させていたのだ。
「ハリケーンミキサー!」「ストーム・ボア・ラッシュ!」「デッドリー・ハウリング!」「パトリオット・レイザース!」「ギガントピテクス・スタンピング!」「テンタクルズ・ウール!」「ムスタング・ナイトメア!」「デモニック・ポイズン!」「パルサー・ジェット・ブレス!」「バニーガール・テンプテーション!」「デス・バイト!」「マウス・アタック!」
思わず、十二匹の動物達は神様と〈猫〉を空の星にしていたが、既に完全決定された書類が取り交わされており、全てはアフターカーニバルだった。
こうして干支は〈猫〉を最初とする十三匹の動物達が交代でつかさどる事に決まったのだった。どっとはらい。
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