コタツトークRPG

 GM(ゲームマスター)の自宅。リビングのコタツは十分、暖かくなった。その天板の上でテーブルトークRPGのセッションが始まる。


GM「じゃあ、二週間ぶりにセッションを再開するよ。前回はダンジョンの大広間でブラックドラゴンを倒したところからだったね。ちゃんと分配した戦利品は記録してあるよね」

直樹「戦利品は色色手に入ったな。大きなアイテムはこの広間に置いておいて、帰りに回収しよう。体力は戦闘後に全回復でいいのかな」

花美「あ、あたしの回復魔法を使って、聖戦士ナオキを全回復させておきます。あと、自分と仕事人セイギの分も。それと魔力が回復するまで休んだ事にしたいんですけど」

正義「いやぁ、コタツがいい塩梅の季節になってまいりました。あ、俺のキャラ、体力全回復? いいよ、どんどんやって」

GM「じゃあ、女僧侶ハナミが皆の体力を全回復させて、自分の魔力も全回復するまでこの大広間に泊まっていた事にしよう。(ついたての後ろでサイコロを振る)。じゃあ、君達は大広間で四日間キャンプをした」

正義「四日もドラゴンの死体と同居か。ぞっとしないね」

直樹「四日か。長居したな。じゃあ、全員が万全になったら、ダンジョン攻略を再開しよう。こっから奥に進む扉とかある?」

GM「この大広間からは西と北の壁に立派な扉がある。それぞれ黄金の枠で飾られた黒い金属の扉だ。二つとも大きな錠がついている」

花美「マップによれば、西の方がダンジョンの奥深くに行けそうですね。盗賊の出番ですよー」

正義「え、もう俺の出番? 西の錠を開ければいいんだよね。GM,魔法の鍵開けツールを使って開錠します。(サイコロを振る)。開錠チェックは……成功!」

GM「(ついたての後ろでサイコロを振る)。西の扉の錠はカチリと音がして外れた。黒い扉がギーッと音を立てて開き、大きな通路が奥まで深い闇をたたえている。中へ入るかい?」

直樹「聖戦士ナオキがランタンに火を着け、先頭に立って、通路の中へ入ります。隊列はいつも通り、ナオキ、ハナミ、セイギで一〇メートル間隔」

GM「(サイコロを振る)。いきなりの罠はない様だね。ランタンからの光が闇を穿ち、通路は長くまっすぐ続いている。とりあえず三〇メートル先までは見えるね」

花美「マッピングしなきゃ。(手元の方眼紙に描かれた地図に『三〇メートルの長い通路』を描き加える)」

正義「じゃ、なんか起こるまで俺は寝てるから。戦闘とかになったら起こして」

直樹「そうはいかないぞ、正義! 俺達は一蓮托生なんだ! ちゃんと起きてプレイについてこい!」

正義「(不満そうに)へいへい。じゃあ、後方を警戒しながら二人についてく」

GM「君達は長い通路をずっと歩いていく。通路は五〇メートルほど進んで南北に分かれたT字路に突き当たった。皆、サイコロを振って不意討ち判定を」

直樹「失敗」

花美「失敗です」

正義「うおっ! 完全成功!」

GM「仕事人セイギのおかげで君達全員、頭上から落ちてきた煮えたぎった油を回避する事が出来た。天井を見ると傾いて中身をこぼした大バケツがある」

直樹「危ない所だったな。礼を言うぞ、セイギ」

正義「今日の俺はサイコロの女神に好かれてる予感」

GM「T字路は北と南、どっちへ行く?」

花美「南北の二択と見せかけて、実は隠し扉があるんじゃないかしら。GM、つきあたりの壁を調べてみます」

GM「(ちぇ、勘がいいな。セイギが調べなきゃ解らない予定だったのに)。ハナミがつきあたりを調べると石壁の一部が動いた。隠し扉がある」

正義「罠チェック。(サイコロを振る)。成功」

GM「(サイコロを振る)。罠はない。隠し扉の向こうには立派な彫刻が彫られた真直ぐな通廊がある。天井には一列ののシャンデリアがあり、とても明るい」

直樹「いきなり、雰囲気が変わったな。皆、踏み込んでみる、でいいよな」

花美「いいです。(マップを描きこみながら)」

正義「OK」

直樹「聖戦士ナオキを先頭に隠されていた通廊に入ります。明るいからランタンは消して、油を節約していいよな」

花美「ランタンの光は、元から永久に消えない魔法の光ですよ」

直樹「あ、そうだっけ。とにかくランタンはしまいます。右手にロングソード+二、左手に盾+一を持って、奥に進みます。ロングソード+二は魔法の力を使って、電撃をまとわせます」

GM「君達は通廊を進んでいく。足元はふかふかした立派な絨毯だ。五〇メートルほど進むと、通廊は大きく豪奢な部屋で行き止まる。そこには異様な玉座がある」

直樹「玉座? もしかして誰か座ってる?」

GM「座ってる。皆、精神力チェックして」

直樹「うえ、失敗だ」

花美「成功です」

正義「成功だよ~ん」

GM「玉座の上に座っていた者がゆっくりと上に浮かび上がった。座っていたという表現は適切ではなかったかもしれない。何故ならば、そこにいたのは直径二メートルほどの大きな一つ眼を持った球形の怪物だからだ』

正義「げ! そいつ、牙の並んだ裂けた口と一〇個の小さな眼も持ってない?」

GM「持ってる」

正義「げぇ! そいつ『名前を言ってはいけない怪物』じゃないか!」

直樹「先手必勝! 聖戦士ナオキ、突撃します! ヒーロー登場!」

GM「しかし精神力チェックに失敗した聖戦士ナオキは身がすくんで動けない。それほどにその怪物『邪悪な眼の暴君』は異様で恐怖的な雰囲気だからだ」

直樹「ええ!? こんな時に!」

GM「しかもその怪物がひと睨みすると、剣の刃にまとわりついていた紫電が消えてしまう。武器の重さもすっしり重くなった感じがする」

花美「魔法の武器が使えなくなったの!? もしかして魔法全部無効!? これじゃあたしも治癒魔法が使えないわ」

正義「じゃあ、俺がダガーを怪物に投げます。これは絶対に命中するマジックアイテムだから」

GM「魔法は使えなくなったと言ったじゃないか。命中判定のサイコロ振って」

正義「えー! (サイコロを振る)。げぇっ! ここで完全失敗かよ!」

GM「(サイコロを振る)。仕事人セイギの投げたダガーは前にいた聖戦士ナオキの背中に命中する。(サイコロを振る)。ナオキは体力を六点減らして」

直樹「えー! (キャラクタシートの体力の欄を六点減らす)。正義! 魔法は効かなくなったって言ったろ! ちゃんと聞いてろよ!」

正義「ちょっとしたミスじゃないか。ドンマイだろ」

GM「宙に浮かんだ怪物が牙の並んだ大きく裂けた口を開いてナオキに攻撃してくる。攻撃チェック。ナオキはサイコロ振って」

直樹「(サイコロを振る)。回避成功、ギリギリだ」

GM「その目だと動けないペナルティで命中してるな。怪物の噛みつき攻撃。(サイコロを振る)。聖戦士ナオキに二七点ダメージ」

直樹「一気に体力半分食われた!?」

花美「治癒魔法はやっぱり使えないの?」

GM「女僧侶ハナミが神の力を借りようとするが、神の恩恵はここでは得られない。魔法のロッドも力を失って重く感じる」

花美「……せめて、皆を応援します。……頑張ってー!」

正義「今度は普通のダガーを怪物に投げる! (サイコロを振る)。げげっ! また完全失敗!」

GM「(サイコロを振る)。ダガーはまたもやナオキに当たった。今度は四点ダメージ」

花美「足元に石とか落ちてないかな?」

GM「よく見るとクルミと同じ大きさのエメラルドやルビーがゴロゴロしている」

正義「なんと豪華なダンジョン!」

花美「宝石を石の代わりにしてスリングで投石します! (サイコロを振る)。ええっ、あたしも完全失敗!?」

GM「(サイコロを振る)。エメラルドがナオキの後頭部に命中。(サイコロを振る)。兜に当たったけどダメージは三点」

直樹「またかよ! 花美! 正義! お前ら、わざと完全失敗してないか!? (ペットボトルのコーラをあおる)」

正義「わざとなわけないだろ! どうやりゃサイコロで完全失敗の目を狙って出せるんだ!?」

直樹「GMもサイコロの目を嘘言って、わざと俺に命中させてないか」

GM「そんな事するわけないじゃないか! GMを疑ったら、テーブルトークRPGは終わりだぞ! (缶ビールを飲む)」

直樹「お前ら、グルになってないか。大体、ハナミがいきなり隠し扉を見つけたのがおかしかったんだ。自作自演だろ。こっそりGMの記憶を参照したんじゃないか? わざと全滅確実な怪物に誘導しただろ」

花美「そんな、ひどい。あたしがGMの記憶なんか解るはずないじゃない。(自分を落ちつかせようとペットボトルのアイスティーを飲みながら)」

正義「自作自演って事はないだろ! 俺達は名前も人格も記憶も別なんだから!」

GM「俺もGMの役割している時はGMの記憶しかないし、他の奴だってそうだ。皆、一人一人、同じ身体でも他人だよ。別人格なんだよ。大体、そんな事して何の意味があるんだよ」

花美「そうよ。同じ身体でもあたし達は自分をロールプレイングしている時には、他の人の記憶はないのよ。皆、あたしの時は人格と記憶はあたしだけだし、正義の時は正義だけだし、直樹の時は直樹だけ。GMだって」

正義「記憶も人格も別別! 共有出来ないの! 俺達はそれぞれが名前を持つ人間なんだぜ! だからセッションが成立するんじゃないか。(自分のコーラを一気飲み)」

GM「ちょっと待て、お前ら! それぞれ一気に飲み物を飲むな! 四人分で腹がパンパン……! 混ざって、胃が気持ち悪くなってきた……」

直樹「俺を嘲笑うつもりでハメたんだろ! いじめだろ! ともかく、俺はお前らを信用出来ん! もうセッションはしない! お前らとは組めん!」

花美「ちょっと! ここでRPGの仲間を失ったら、あたし達のアイデンティティはどうなるの!?」

正義「俺達はテーブルトークRPGをやる専用の交代人格なんだぜ!」

GM「……けーん-かーしーなーいーでー」

直樹「解散だ! 解散!」

正義「ひでえや。自分の不運を皆のせいにしてキレてやがる」

GM「胃がもたれる……気分が……休ませてくれ」

花美「ちょっと、GMがやる気ないならこの議論はどうなるの!」

正義「俺、寝るから決着したら起こしてくれ」

直樹「解散、解散だ! 俺、もう戻ってこないから!」

花美「……あたしも来るのやめる」

GM「あー……」


 一人だけで座っているコタツから、三枚のキャラクターシートと、ついたての陰の数枚のGM用シナリオメモがハラハラと部屋に散らばった。

 転がった数多のサイコロ。ポテチの袋は半分以上残っているが、四種類の飲み物の容器は全て空だ。

 解離性同一性障害、俗に言う多重人格者による『ひとりRPGセッション』は空中分解し、四人の人格がめまぐるしく百面相で交代していた一人の青年は、脱力してコタツに突っ伏した。

 たとえこの障害のせいで他人とは上手くいかなくても、自分自身だけならコミュニケーションは破綻しないと思っていたのに。

「あー、生きるのツライわー……」一人暮らしのリビングで、青年は四人分の重たい愚痴を呟いた。コタツが暖かいままだったのが妙に気持ち悪かった。

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