女神の口説き方
暗闇の中、俺は冷気を感じながら、満員のエレベータの下で冷や汗をかいていた。
時限爆弾は製作者の心理を解体者が読み解くパズルゲームだ。
金属の蓋に空けた小さな穿孔からワイヤー型のペリスコープとマニピュレータを挿しこみ、マニピュレータの先にあるスプレーで爆弾内部のレンズに黒ペンキを吹きつける。
「OK。光センサーを封じたぞ。これで安心して、爆弾の蓋をご開帳出来る。さあ、おっぴろげてもらいましょ」
俺はゴーグルの視覚を赤外線感知から通常モードに切り替え、照明になるヘアバンドのライト可視光モードにする。
一応、防護服を身に着けているが、至近距離ではほとんど役に立たないだろう。爆発は死、だ。エレベータに乗っている人を巻き込んで。
液体窒素で冷却して電流を止めてある時限爆弾の蓋に、デリケートなグローブの手をかける。
四隅に蓋を固定するネジがある。俺はポーチから精密ドライバーを取り出した。
「セロワ、この手の爆弾犯の心理傾向について託宣をくれ。あと今日の下着の色を」俺はヘッドセットのマイクに呼びかける。ゴーグルに取り付けてあるカメラで、映像はセロワ達、待機している解体班出張本部に届いている。
「馬鹿。下品すぎ。マシュー、まず左上から行くわ。まず間違いなくネジは右に回して回らないのを強引に右に回す。右上は左回りよ」
ヘッドセットから聴こえる凛凛しい声。セロワ・ブロウは腕のいいプロファイラーだ。爆弾犯専門心理捜査官。彼女の頭と、そのPCには過去の爆弾犯罪事件のほぼ全ての分析データが入っている。
彼女は過去の犯罪データから爆弾作りのプロ達の心理傾向を読み、今ある爆弾の中身を予想する。彼女はPCを水晶球にした腕のいい爆弾専門占い師というわけだ。アブラカダブラ。
俺は、安全地帯にいる彼女の指示通りに爆弾の蓋の四隅のネジを外した。
無事に蓋が開く。今は解除された様様な小装置のコードを引きずる蓋だ。
もし、間違えていたら、爆弾犯のトラップに引っかかって一瞬でバラバラだ。それを彼女の分析が見事に見抜いていた。
「マシュー。その爆弾を仕掛けた犯人はやはり間違いなくアーマン・ストラトスね。自分のIQを誇るタイプよ。トラップはしつこく二重三重にあるわ」
「OK。じゃあ、そいつの心理を読んで、爆弾を素っ裸にさせてもらいましょ」
このデパートのメインエレベータに爆弾を仕掛けたテロリストは自信満満に犯行予告を警察に知らせてきた。止められるもんなら止めてみろ、って奴だ。
それで俺達は繁盛中のデパートに出向いたわけだが、警察が到着して早速に第一の爆弾が爆発した。
エレベータシャフトに仕掛けられていたそれは小爆発で、最上階で満員のエレベータのケーブルを切って落下させた。
しかし、地階に激突とはならなかった。
全てのエレベータは重力ブレーキでシャフト内ですぐ止まるように作られている。
エレベータはすぐにシャフトの中途で止まった。そこで固定された。
だが、犯行予告では本番とされた爆弾の位置が厄介だった。
エレベータの床下に高威力のプラスチック爆弾だ。
しかもエレベータの位置は中途半端な所で止まり、ドアを開けても中の人間が逃げ出せない。
解体班はエースの俺、マシュー・グラウンのみを下方から送り、直接そこにケーブルでぶら下がって、上に人質を残したままで爆弾解体するしかなかった。
アーマン・ストラトスの悪意は俺にも読めた。爆弾解体に失敗して、人質ともども吹っ飛んだ警察の無能を笑ってやれ、だ。
俺はようやく開けたランチボックス程度の爆弾の中身を見ながら「マジかよ」と唸った。
蓋を開けた事で、簡単な棘に引っかかっていた仕掛けが外れ、中に仕掛けられていたゼンマイがほどけ始めた。
「セロワ。ゼンマイがほどけて、簡単なモーターが回り始めた。磁石が発電している。液体窒素で無効になってない、新たな電源だ。ゼンマイを止めるか」
「いえ、マシュー。きっとそれもストラトスのトラップよ。液体窒素で電源を止めるのは」
「使い切った」
今回、液体窒素ボンベは小型サイズしか持ちこめなかった。
「電源は何処に繋がっているの」
「OK。コードで直接、爆弾に繋がってる……しかし、コードは全部で七本ある。虹の七色だ。爆弾に接続されている部分は粘土で固められて、どの色が接続されているか解らない」
「七本の内、本物は一つ。後はダミーで切れば、抵抗が変わって爆発するわ。間違いないわ」
「またプロファイラーの出番だ。ストラトスの心理傾向ならどの色が本物の確率が高い? どの色で爆弾野郎が発情をやめる?」
「それは……解らないわ。ストラトスはこの件についてはデータ不足だわ」
「ストラトスに似た陰険な爆弾犯の傾向データは」
「……解らない」
「LEDのデジタルカウントあと九〇秒で爆発すると告げている。少しでも高い確率の色は解らないのか」
「赤が一番確率高いけど、あのストラトスならそれが解っていて裏をかいてくる性格な気かする。でもさらにその裏を……」
「マジかよ」
「解らない……貴方の判断に任せるわ」
まるで占い師同士が互いの心理を読み合いをしてるかの様。
そして、その勝負にセロワは負けた。
「OK」俺は腹を決めた。「セロワ。突然だが俺と結婚してくれ」
「な、何よ。共有回線でいきなり」
「セロワが切るべきコードの色を決めてくれ」
「ちょっと待って。私に責任を丸投げするというの。私が切るべきコードなんて……決められるわけないじゃない」
「これは死の間際の真剣ごとだ。俺には幸運が必要だ、セロワ」
「若い子がおばちゃんをからかわないの」
「セロワははまだ若いし、可愛いさ。この件が終わったら、今夜はホテルのレストランで二人でワインを飲もう」
「下心が見え見えよ。……私と貴方はプロファイラーと解体班というパートナーでしかないのよ」
「いいじゃないか。君が我が班専属のプロファイラーになって、もう一年が経つ。俺は何度もセロワに助けられてきた。俺の幸運の女神だ。今夜、仲を一歩進ませてもいいじゃないか」
「馬鹿……私と貴方はそんな仲になるわけじゃない」
「それがセロワの自分自身に対するプロファイリングかい」。
「……………………」
いつもは凛凛しいセロワの声が動揺している。見えなくても解る。彼女は今、顔が真っ赤だ。
「俺とじゃ嫌かい。俺は君を恨まない。残り一〇秒だ。どれを切る」
「……黄色よ。黄色のコードを切って」
ヘッドセットから絞り出す様な声が聞こえた。
黄色か。彼女が信じた真実だ。
俺はラジオペンチで七色のコードの内、黄色のコードを切った。
一瞬の緊迫。
LEDのデジタル表示がフッと消えた。
「OK。爆弾解体成功」。
ヘッドセットからせロワ側の安堵のため息が聞こえるが、俺は当然という顔をしていた。
「ありがとよ、セロワ」
「おめでとう、マシュー。でも、私が間違った色を選んでいたらどうなったと思ってるの」
「大爆発。俺はこんな会話をしてないさ。今、俺とセロワはこうして会話してる。それ以外の真実はないんだ」
「私にこんな重大な決定を押しつけて……」
「知ってるか。こういう時は幸運の女神を惚れさせた奴の勝ちなんだぜ」
「貴方は私を口説き落とせたと思うの」
「幸運の女神ってのはこういう向う見ずな馬鹿な奴に惚れるんだぜ」
「……馬鹿」
「馬鹿で結構。俺は今、どうやって幸運の女神を妊娠させようかって考えるので頭がいっぱいだから」
「……馬鹿」
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