第1話 送り屋


「ウルフ……居る?」


 事務所風の部屋、金髪ロングの少女がドアを開けると床が見えない程ハンバーガーの包み紙、紙製のカップ麺の容器、ビールや酎ハイなどの酒類の空き缶などが埋め尽くしている。


「またこんなに散らかして!! 二日前にあたしが片付けていったわよね!?」


 怒りと呆れが入り混じった高い声を上げ少女はゴミの海を掻き分けながら部屋の奥へと進んでいく。

 元々やや吊り目がちの少女の目が更に吊り上がる。

 入り口と正対する壁側に到達する、そこにはこれまたゴミが山積みになった三人掛けソファがあった。

 吊り目少女が大きく深呼吸する、そして意を決したかと思うと物凄い速さで両手でソファ上のゴミを払い出した。

 減っていくゴミ、するとあろう事かゴミの間から人の手が見え始める。


「やっぱりここに居た!! どうやったらこうなるのよ!!」


「ん……おはようキャット……」


 寝ぼけ眼を擦りながらにへらと笑みを浮かべる青年。

 着衣のままスポーツキャップを被って眠っていたようだ。


「おはようじゃないわよウルフ!! よくこんなゴミの中で寝られるわね!!」


 腰の両側に手を当て仁王立ちでウルフを見下ろすキャットと呼ばれた少女。

 背中まである美しい金髪のロングヘア、猫の様な大きく吊り上がった眼に琥珀色の瞳、トップスははち切れんばかりの胸の二つの膨らみ覆い隠すタンクトップ、ウルフとお揃いの真っ赤なジャンバーを羽織り腕まくり、但し刷り込まれているロゴは”StrayCat"となっていた。

 ボトムスはショートパンツで健康的な大腿部が惜しげもなく露になっている。


「紙のゴミは案外暖かいんだぜ?」


 キャットの魅惑のボディに特に興味を示さずウルフは手近にある紙ゴミを再び手繰り寄せ身体に掛け直した。


「何、また寝ようとしているのよ!! さっさと起きる!!」


 キャットが床に足を打ち付けると振動で全ての紙のゴミはウルフの上から吹き飛んでいく。


「何だよ、まだ寝足りないな……」


「馬鹿言わないで、お天道様はこんなに高く昇ってるんですけど」


 シャッと小気味良い音を立てカーテンをキャットが引っ張ると窓からは煌々と日光が部屋内に差し込む。


「うおっ、眩しっ……」


「いい加減に起きなさいーーー!! 仕事よーーー!!」


 顔面を押さえて悶えるウルフをキャットが怒鳴りつける、これが二人のいつものやり取りだった。




「キャットには敵わないな……」


「当然よ」


 ソファに腰掛け直しそこらから発掘した包み紙に包まれたハンバーガーを発掘しかぶりつくウルフ。


「ちょっと、そのハンバーガー大丈夫なの?」


「大丈夫だ問題無い」


「いつ買ったのよそれ……」


 キャットは苦々しい顔でウルフの食事シーンを見守る。


「酒で消毒すれば全て解決」


「おバカ!! 真昼間から酒を飲むな!!」


 ウルフが掴んだ缶ビールを咄嗟に奪い取る。


「仕事だって言ってるでしょう!? 何考えてるのよ!!」


「だからだろう、飲まずに仕事なんてやってられるか」


「あんたねぇ……」


 額に手を当て頭を振るキャット。

 何時もの事とはいえ呆れるしかない。


「チッ、仕方ないな、で? その仕事ってのは?」


「やっとか、これ見て頂戴」


 キャットが差し出したバインダーを受け取りウルフが目を通す。


「ギャロップ商会……サロメ市からジギル市までの物資、人員搬送の護衛の依頼……あれ? これってもう出発してるじゃないか」


 AWW3以降の国名や都市名、地名はこの時代、その後に付けられた新しいものに変わっていた。


「そうね、聞くところによると出発時に同行した送り屋がいたみたいなんだけど出発してすぐに野盗バンデットにやられちゃったみたいなの」


「それで俺らの所に話しが回って来たって訳だ、だが大丈夫かねぇあのルートはゼット団のテリトリーだ、片道二時間とはいえ無事に済むとは到底思えないんだが」


「だから急いでるんじゃない、どこかの誰かさんが中々起きないから」


「ヘイヘイ悪うございました」


 顔をわざとくしゃくしゃにして謝罪するウルフ、まったく反省していない。


「そう思ってるんならもう行きましょう」


「分かってるよ」


 すくっとソファから立ち上がるとウルフはハンバーガーの包み紙を手で丸めて部屋の中に放り投げ出口に向かう。


「またーーー!!」


「帰ったら片すよ」


「嘘ばっかり、一度だって自分で掃除した事無い癖に……」


 深い溜息を吐くキャット。

 ウルフに続いて部屋を出る。

 事務所の外観、側面の壁にはまるで何かに断ち切られたような形跡があった。

 本当はもっと大きな建物だったことが伺える。

 他にはこのウルフの事務所以外にガレージが一つあるだけだった。

 二人はガレージのシャッターを開け中に入っていく。


「今日も頼むぜフェンリル」


 ウルフが跨ったマシンは彼らのジャンバーと同じく真っ赤なカラーリングのマシーンだった。

 一見オートバイなどの乗り物に見えるが車輪は付いていない。

 むしろフロントのカウル部分など横向きにしたロケットやミサイルを連想させる細長く先端の尖った流線型のフォルムだ。


『目的地ハ?』


 フェンリルのメーターパネルの辺りから電子音の様な声がする。


「取り合えずサロメを目指して飛ばしてくれ、そこまで行ったらさらにジギルまでの最短ルートを頼む」


了解ロジャー


 返答と同時にマシンの下方にある噴射口から高出力の空気が噴射され機体が何の支えも無しに僅かに宙に浮き上がる。

 フェンリルは高圧縮された空気を噴出することで走行、加速する謂わばエアバイクと呼ばれる物であった。

 しかしAWW3の世界にあって旧世代のオフロードバイクやバギーは存在してもフェンリル程のオーバーテクノロジーは壊滅しているのだった。


「やっぱりヘルメットは要らないの?」


「当然、それじゃぁ風を感じられないだろう? それが……」


「男のロマンって奴だ、でしょう? 女の私には理解できないわね」


「飛ばすぜ、吹っ飛ばされない様にしっかり掴まってろよ?」


「分かってるわよ」


 既にヘルメットを被ったキャットがウルフの座るシートの後ろに跨ると彼の脇腹に両手を回しガッチリホールドする。


「GO!! フェンリル!!」


 それを合図にフェンリルは目にも止まらぬスピードで加速し、あっという間に見えなくなった。


「サロメが見えて来たな」


「もう通り過ぎたけどね」


 僅か十分足らずで事務者から50Kmはなれたサロメ市を通り過ぎる。


「ここから約120Kmのどこかに依頼主のトラックがいるはずよ、見落とさないでねウルフ」


「誰に物を言ってるんだキャット?」


 ウルフの口角がジワリと上がる。


「見て!! きっと前の送り屋の車の残骸だわ!!」


「これはまた派手にやられたな」


 破壊され街道に転がる車両の残骸からは炎と黒煙が上がっている。

 一瞬で通り過ぎたのだが二人にはしっかりと目視出来ていたのだ。


「よしフェンリル、ここから少し減速するぞ」


了解ロジャー


 機体の前方の噴射口から前方に向け圧縮空気が噴射される。

 それによりフェンリルは徐々に速度を落としていく。


「見えた」


「えっ!?」


 ウルフが遥か前方で野盗バンデットに襲われているトラックを発見した。

 その場にフェンリルを停止させる。


「小さくてよく見えないな、フェンリル、視界を貸せ」


了解ロジャー


 フェンリルのメーターパネルがモニターへと早変わりしズームで前方の様子を捉えた映像を表示する。


「あっ!! 砲撃を食らったわ!!」


「………」


 ウルフは辺りを見回す。

 すると近くの道端に刺さってそそり立っている赤錆びた鉄骨を見つけた。


「よしあれを使うか、お前たちはここで待機」


「分かったわ」


了解ロジャー


 ウルフがフェンリルから降り鉄骨に近付く。

 そして鉄骨に右手で掴みかかる。


「………」


 ビクともしない、当然だ、鉄骨の高さはウルフの背丈ほどあるが地面に埋まっている部分もほぼ同等の長さがあると思われる。

 長さだけではない、当然重量だってある、鉄骨を一人で持つなど有り得ない事だ。


「フン!!」


 しかしウルフが掛け声と共に右手に力を籠めると彼の瞳が青白く輝く。

 鉄骨が動き始め、遂にはするりと地面から抜けたではないか。


「うん、思った通りイケそうだ」


 抜いた鉄骨を肩に担ぎ、ウルフは一瞬腰を落としたかと思うと一気に大きく跳躍したのだった。

 

「やっちゃえ!! ウルフーーーー!!」


 キャットがフェンリルのシートの上で右の拳を大空へ突き上げ叫ぶとともにウルフの勝利を確信するのであった。

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