第37話 天国と地獄(2)

 

 まずい、魔法完了はまだ少しかかる。

 ラックにいつでも走り出せるよう目配せし、クラインとシロに防衛を任せるしかないわ。

 ここまで頑張ってきて、この男に台無しにされるのは避けなければ。


「あ! レイシェアラ様ー! お久しぶりです!」

「ベ、ベティ様も」

「もー、レイシェアラ様どうしちゃったんですかあ? ニコラス殿下にちーっとも会いに来なくて、あたしも寂しかったんですよ! 前みたいにご飯を奢ってください!」


 悪意がなにひとつ感じられない。

 ベティ様、天然なのよね。

 美しさで貴族令嬢に成り上がったからなのか、悪びれもなくこういうことを言う。

 人に施されるのが当たり前と思っている。

 確かに彼女は美しいしスタイルもいい。

 だからこそ落ち目のニコラスにいつまでもくっついているのは少し不自然。

 ……まさか、頭が悪い?

 それとも本気でニコラスが好きなのだろうか?

 だとしたら私からなにも言うことはできないけれど。


「食事もそうだが、まず先にお前の功績を誉めてつかわそう。レイシェアラ、国のためによく働いているようだな。よくやってくれた!」

「あ、そうですよ! 行く先々でレイシェアラ様が褒められていましたよ! 歴代聖女できっと一番だろうって! あたしたちも鼻が高いですよね、殿下!」

「ああ、本当にな!」


 ……ん?

 ベティ様ってあのやんごとないクズの言うことを丸ごと信じて……?

 まさか? そんな馬鹿な?

 天然とは思っていたけれど、そんなに純粋無垢だというの?

 というか、ベティ様はニコラスと会話が成立、している?

 馬、馬鹿な、そんなことが、ありえるの?

 いえ、落ち着くのよレイシェアラ。

 もしかしたら、謹慎期間で多少まともに会話が可能になっているのかもしれないわ。

 王妃様の努力が少しでも報われているのなら、それに越したことはない。

 それに会話が多少成立するのなら、いい加減勘違いをやめて変な噂を流すのもやめてくれるかもしれないわ。

 試して、みるか。


「ベティ様、ニコラス様を連れてお戻りになってくださいませんか? 私はまだ、ここでの魔法が終わっていないのです」

「え? なんでですか? 一緒にご飯に行きましょうよ~! 終わるまで待ってますから!」

「いえ、ですから……」

「うむ! 私も腹が減ったな!」

「くっ」


 ご飯をたかりに来たのだろうか?

 違う意味で話が通じない。


「そうだ! 食事をしながら今後のことを話し合おう、レイシェアラ! お前からも父と母にエセルとルセルでは若すぎて王太子は務まらないと、申し上げてくれ! レイシェアラを邪竜のもとへ働きに出したり、最近の父上とは母上はどうしてしまったのか。はぁ、やれやれ」


 くっ、相変わらず独自解釈がひどい。

 そして私が聖女に選ばれたことをいまだに理解していない!

 本当、どうしたら理解させられるのかしら?

 ベティ様を通してなら、理解するだろうか?


「ベティ様、ニコラス様に私が『竜の聖女の刻印』に選ばれ、聖女としてのお勤めを果たしていると説明してあげてください!」

「え? え?」

「ベティ様は、『竜の聖女』についてちゃんと理解なさっているのでしょう? ニコラス様とて幼少期から教わっているはずなのに、どうしてか理解してくださらないのです。ヴォルティス様——この紫玉国の竜王は、刻印で聖女を選出し、側に置くことで刻印から国全体に魔力を供給してくださる。誰でも! 知っている! 常識! ですわよね!?」

「えっと……は、はい、そう、ですね?」

「ニコラス様はそれがわかっておられないのか、ヴォルティス様を邪竜などと罵り、国のために働く私を連れ戻そうとなさるのです! なんとかしてください!」

「え、えっ」


 ベティ様を挟めば通用するかもしれない。

 もしくは、ベティ様はニコラス様と対話が可能なのかもしれない。

 どちらかの可能性に賭けて、ひとまず私を連れ帰ろうとするのだけはやめてもらおう。

 あと少し、あとわずかで魔法が完了するのだ。

 ここで邪魔されるわけにはいかない。


「ニコラス殿下ぁ、レイシェアラ様は聖女様だから竜王様のところで魔力供給を国にしてもらわないといけないって言ってますよ?」

「そうだ。しかし紫玉国の竜王は邪竜なのだ! 王族の寝所の天井画にすべて描いてある! 聖女は最後、邪竜に喰われてしまうのだ!」


 ——え?


「聖女とは生贄だ。レイシェアラは私の婚約者。私を誰よりも愛してくれているレイシェアラを、邪竜の餌食にすることは許さない! 勇者の末裔としてレイシェアラを邪竜から救い出す! 邪竜ヴォルティスを倒し、二度と聖女という生贄を出さぬために私は戦わねばならない!」

「きゃー! そうなんですね、ニコラス殿下! 素敵!」

「……っ」


 光の柱は完全に雲に吸い込まれた。

 これで魔法は完了だ。

 しとしとと降り注ぐ雨の中、剣を抜いて掲げるニコラスと、ニコラスを純粋な尊敬の眼差しで見つめるベティ様。

 王族の寝所の天井画。

 私も見た。

 けれど、ルセル様に連れられたあの部屋の天井画のみだ。

 あれは封印の瞬間。

 他の王族の部屋には、あれとは違う天井画が描かれているのだろうか?

 ……聖女は、竜王への生贄?

 確かに黒曜国の黒竜王は、生贄に肉を所望すると聞く。

 けれど、そんなまさか。

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