第22話 喧嘩?

 

「ただいま戻りました」

「お帰り」


 お父様とルイーナを見送って、竜の塔に帰る。

 ……ほんの数日なのに、ヴォルティス様のお部屋に顔を出すと「お帰り」と言ってもらえるから、すっかり『帰ってきた』と思えるようになってしまった。

 それに、ヴォルティス様が温かな食事を作ってカウンターに出してくれるのも……こっそり楽しみになってしまっている。


「今日はビーフシチューを作ってみた。初めて作ったので自信はないが」

「まあ、見た目も匂いも完璧ではありませんか! ヴォルティス様が作るもので不味かったことなど一度もありませんもの、楽しみですわ! いただいてよろしいですか?」

「ああ、感想を聞かせてほしい。……それで、水晶柱は何本目だ?」

「八本すべて建てて参りましたわ!」

「……早いな」

「頑張りました!」


 私の活動報告も、ちゃんと聞いてくださる。

 私がやったことを。

 ニコラス殿下は聞いてくれなかったし、あの方の暴走の後始末ばかりしていたから自分が成したことを聞いてもらえるのも嬉しい。

 スプーンでビーフシチューをすくう。

 口に入れとまろやかな酸味。


「美味しい……」

「ならばよかった。……レイシェアラはなんでも美味そうに食うから少し心配しているが」

「な! 私はこれでも一応公爵家の者でしたのよ。ヴォルティス様のお料理は家のシェフにも劣りません。素晴らしいです」

「そうか、それならば……しかしいささか頑張りすぎだ、レイシェアラ。三日で八本すべて建ててくるなど」

「そうでしょうか? しかし、これ以上民に不安な生活を強いるのは——」


 あ、そうだわ。

 さっきお父様とルイーナに言われた結界について!

 結界の張り方は、聖魔法の[結界]と同じなのかお聞きしなければ。

 効果として考えるのならば同じものだと思うのだけれど、規模と継続時間が比ではない。

 なにか他の要素が加わるのかもしれないわ。


「あの、ヴォルティス様。結界について教えていただきたいのですが」

「ああ、各地の結界が弱まっていたり消失したりしているな」

「ご存じでしたの?」

「かつての聖女たちが張ったものは、我の魔力を用いて張られている。無論、なくなればわかる」

「そうでしたのね……」


 やはりヴォルティス様に直接魔力をいただいて張るものなんだ。

 魔物が増えるとなると急がなければならない。

 でも、やはり王都と主要四都市が最優先だろう。

 明日は王都に行って、その次に都市の方へ行くべきか。

 初めて張るものだし、四都市でちゃんとできるか確認してから方がいいかしら?

 王都は特に厳重な結界が必要だと思うし。


「……だが、明日は休め」

「え? いえ、結界は急がなくては」

「ダメだ。お前のステータスに[疲労]が(大)と出ている」

「え、え?」


 すてーたす?

 首を傾げると、「人間には見えない」と言われてしまう。

 ヴォルティス様曰く、すべてのものの状態を確認する魔法。

 私も覚えることができるらしいけれど、ヴォルティス様はそれらを“視認”できる魔法——[鑑定]が使える。

 そちらの[鑑定]も覚えられるから、私に今度教えるつもりだったそうだ。

 ……私のことを思って、色々、本当にたくさんのことを、教えてくださるつもりだったの……。

 嬉しい。どうしよう……嬉しい。


「ですが、あの、あまり疲労は感じていなくて」

「お前は[疲労耐性]がある。疲れにくく、疲れを感じにくいものだ。だが疲れにくいだけで疲れないわけではない。それなのにその表示が(大)と出るまで働きおって。そんな状態で結界など張れるわけがない。今夜あたり熱を出すぞ」

「え? いえ、そんなこと」

「ベル、こいつを風呂に入れてしっかり手入れしてやれ。明日は休みだ、異論は認めん。疲労が取れぬようなら取れるまで休みだ」

「ええ!?」


 それは困る。

 国内に魔力が満ちれば魔物が増えてしまう。

 結界が消失している町や村が、魔物の脅威にさらされる。

 今日、倒したオーガベアのことが頭をよぎった。

 あんな恐ろしいものに脅かされる人々の心を思うと、つらく苦しい。

 彼らが少しでも心穏やかに生きられるように、一刻も早い結界の構築と修復を行わなければ!


「私は大丈夫です! 早く結界をなんとかしなくてはいけません!」

「ならん」

「ご主人様、お食事が終わりましたらいつも通りお風呂に」

「わ、わかっています。でも明日のお休みはいりません! 私は急ぎ結界を張り直し、修復しなければならないのです!」

「…………そんなにやりたければやってみろ。ただ明日はダメだ。休め」

「で、ですから!」


 こんなやりとりを延々食事中に繰り返し、大変美味しく夕飯をいただいたあとベルがお風呂に入れてくれた。

 マッサージに、お肌や髪の手入れ。

 公爵家でもパーティーの前に行うような——丁寧なもの。

 気持ちいい……こんなに気持ちいいマッサージ、いつぶりだろうか。

 うとうとして、そして——。


「ふあ…………?」


 目を覚ますと、熱くて熱くてたまらない。

 なに? これ?


「ベル……?」

「疲労困憊による熱です」

「ま、まほうで……」

「解熱の魔法は体力が落ちている時に使うと危険です。魔法を使う側は魔力を消費しまずか、施される側は体力をわずかに消費します。熱と疲労で体力が落ちているご主人様に解熱の魔法は症状を長引かせる要因になるかと」

「うぐぐぅ……」


 ぐうの音も出ないど正論で黙らされた……。

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