第8話 新たな生活の始まり

 

「うーーーーん! よく寝たわ~」

「おはようございます。朝食はパンとサラダ、野菜スープとリンゴジャムをご用意しました」

「ありがとう、ベル」


 鳥のさえずりも聞こえない場所だけど、ベルの優しい声に起こされて上半身を起こす。

 するとすかさず桶に入った、水とタオルを差し出された。

 すごい、完璧な侍女の仕事っぷり。

 これも私の記憶を借りて、というやつなのかしら。


「昨夜、お食事のあとにご主人様がしたためておられましたお手紙は、国王に直接手渡して参りました」

「え、本当に? ちょ、直接?」

「はい。ベルはヴォルティス様の紫水晶からご主人様が生み出してくださった晶霊なので、王城に張られた結界は無意味です。それに、竜の塔の聖女が外界と連絡を取り合う手段として、昔から晶霊は用いられてきました。なにも問題はございません」

「そ、そうなのね……。わざわざありがとう」

「では、お食事にいたしましょう」


 なるほど。

 竜の塔に入った聖女のやることといえば、魔力を送ることとヴォルティス様のお世話だけ……。

 暇になったり、話し相手もいなくて孤独になってしまう。

 晶霊はそういう聖女の話し相手なのね。

 そして、外界との連絡手段。

 そこに思い至ると、はた、と食事の手を止める。


「そういえば、この食材は……」


 前任の聖女様が亡くなられて五年経つ。

 当時の聖女様が使っていた食糧が残っているとは思えない。

 それに、刻印で水や食事が不要になったと言われたから、もしかしたら前任の聖女様は飲み食いなさらなかったかも。

 じゃあ、この今食べている食事の材料はどこから?


「魔石を用いて作りました」

「作……作れる……? しょ、食材を?」

「いえ、料理を、です。ご主人様の記憶の中の形や色などを魔石を砕いて再現いたしました」

「そそそそそんなことができるの!?」

「魔石……もとい、魔力はこの世界のあらゆるものを作り出すことが可能です。それこそ魂すらも。作り出すことができないのは、記憶と心のみ。あとは、人格も、でしょうか。ベルが今使っているこの人格も、ご主人様の中にある侍女の皆様のものを模写したものです」

「……っ……」


 魔力がそこまで凄まじいものだなんて。

 けれど、言われてみれば魔物は魔力の濃度が上がり、瘴気を発するようになってからさらに瘴気濃度が濃くなると発生する。

 元々は魔力なのだ。

 他の生き物——人間や動物、植物も同じなのかもしれない。

 それにしても魂まで?

 じゃあまさか、それは……。


「死者蘇生も可能、ということ?」

「それについては明確なお答えはできかねます。人によっては成功と失敗の基準が異なるかと」

「どういうこと?」

「先程も申しました通り、肉体と魂は魔力で作り出せます。けれど、人格と記憶と心は作り出せません。これは成長の過程で形成されるものですから。ですから、ヴォルティス様は歴代の聖女様のどなたも蘇生されないのです。蘇生させたところで心も記憶もない、抜け殻ですから」


 心も記憶もない抜け殻。

 そう、なのね。

 やはり生き物は死んだら蘇ることはない。

 けれど、人によっては姿形がその人であれば「生き返った」と思う者もいる。

 そうね、確かにそれは人によっては判断基準が違うでしょう。

 私は記憶が共有できないのなら、故人と同一視はできそうにない。


「やはりヴォルティス様はすごいのね」

「『竜の刻印の聖女』にも可能です」

「ふへ?」


 まずいは、変な声が出たわ。

 淑女としてあるまじき声が。

 パンを齧ったところだったから、変な声が出てしまったのは仕方ないわよね?

 え、でも、待って。

 私にもできるの?


「本日からヴォルティス様に、“刻印”の使い方を学ばれるとよいでしょう。聖女が不在であった五年間、『紫玉国』の国内魔力は大幅に減少し、あらゆるものが魔力不足で不安定です。ご主人様は特に不足しているところに直接赴いて、魔力を補充なさるとよいと思います。天変地異とか、多発するほど魔力、減っております」

「お、覚えがあります……」


 最近竜巻がよく起こる、旱魃で作物が育たない、という話をよく聞く。

 ただ、魔力不足だからこそ瘴気も発生せず魔物も減少傾向だとか……良し悪しよね。

 とはいえ、あのやんごとないアホが首を突っ込んだ直近のトラブルの中にトロールやキメラという上位魔物の目撃情報が多かった。

 ええ、冒険者ギルドの仕事を「勇者の血を引く私が、魔物の討伐をして困っている民を救うのは当然のこと!」とかほざいて冒険者資格も持たないのに依頼を受注し、魔物の姿だけ確認して帰ってきて、冒険者を雇って代わりに討伐してもらった案件でね。

 その雇った冒険者の賃金請求が、なにをどうしてか私にきたのよね。

 大方失敗したのを城に知られたくなかったのでしょう。

 本当に浅はかですよね……私に届くということは、私の実家に届くということ。

 宰相であるお父様には筒抜けです。

 しっかりお城に請求させていただきましたし、ギルドには「資格のない者へ依頼受注は絶対させないように」と厳重注意も行いました。

 まあ、王太子に権力を使って迫られれば彼らも平民ですから逆らい難いものがあったでしょうけれど。

 もしかして、冒険者ギルド関連で騎士たちにもなにか無茶振りをしたのかしら?

 とてもあり得る……。

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