33 王に相応しい者

 レクスはバルコニーて溜め息を落とす。涼やかな風が優しく頬を撫で、落ち着かない心を慰めてくれるようだった。

「考え事か?」

 不意に聞こえた声に肩が跳ねる。背後を振り返ると、キングがにこやかに微笑んだ。

「いなり現れるのはやめてください」

「ノックはしたよ」

「ここに居て聞こえるわけないじゃないですか」

 つんけんするレクスにも、キングは笑みを崩さずに彼のとなりに並ぶ。それから、静かに口を開いた。

「レクス。誰に何を言われたかは知らないが、お前は次の王が決まるまでの繋ぎなんかではないよ」

「…………」

 その眼差しは、嘘偽りないことを証明している。キングがレクスを騙すことはない。しかし、レクスは俯いた。

「私は王となるには弱すぎます」

 民は慕ってくれているようだが、たった五人の人間も退けることができない者に王たる器はない。キングなら傷ひとつ負うことはなかっただろう。

「お前はこれまで立派に王を務めてきた」

 それも護衛たちの手助けがあってのこと。レクスはひとりでは何もできない。そんな頼りない王では民も国の将来を不安に思うのではないだろうか。

「いまは若く実力もないかもしれないが、もし民がお前を王として認めていなければ、反乱が起こってもおかしくないだろう?」

「民は私の王としての働きを見ていません」

「それはそうかもしれないが、ブラムたちだって王に相応しくないと思う者に仕えることはない」

「私欲で選ばれた王が魔族の未来のためになると思えないんです!」

 強く目を瞑って声を上げるレクスに、キングは困ったように口を噤んだ。それから、レクスの肩を抱き寄せる。

「私欲でも、相応しくない者を王には選ばないよ」

「…………」

「王の選別には国の未来がかかっている。いくら私でも、お前をそばに置きたいという理由だけで選んだりしないさ」

「……でも、実際そうじゃないですか」

「……仕方ないな」

 キングはひとつ息をついて、レクスの目を真っ直ぐに見つめて言った。

「お前が戴冠式で被った王冠だが、あれは王に相応しくない者には被れないんだ」

 レクスは半年前の戴冠式を頭に思い浮かべる。熱い視線を向ける国民たちの前で、キングの手によってレクスに王冠が授けられた。そのとき、民が沸いたのをよく憶えている。民が自分を認めてくれたのだと、心の底から安堵したものだ。

「どういうことですか?」

「王冠が王に相応しくない者だと判断した場合、重くて首が持ち上がらなくなるんだ」

 レクスは王冠のことを考えるが、とても軽かった記憶がある。首が持ち上がらなくなるとは到底、思えないほどの軽さだった。

「それは知らなかったです」

「公に発表されていることではないからね。人伝に聞いた者は知っている、という程度さ」

「そんな物を被らせたんですか」

「王に相応しいと思ったからね。実際、お前は王冠を被って立ち上がった。だから民もお前を王と認めたんだよ」

 その逸話が本当なら、民が王と認める大きな理由となるだろう。だが、知らない者はそうではないかもしれない。

「これでも信じられないか?」

「……作り話かもしれないですし」

「頑固だなあ」

「それに、王冠が認めたと言っても、それに見合うだけの働きをできるとは限らないじゃないですか」

 口の中でもごもごと言うレクスに、キングは彼の肩に手を添えて優しく微笑んだ。

「私の可愛いレクス。それなら、私を信じてくれないか?」

 レクスは首を傾げた。キングは愛おしそうに頬を撫で、触れるだけのキスをする。

「お前に嘘はつかない。最愛の者に嘘をつく者がいるか?」

「…………」

 キングの愛は疑いようがない。レクスは俯きつつ、小さく頷いた。

「愛しているよ、レクス。ずっと私のそばで笑っていておくれ」

 柔らかく頬を撫でる指がくすぐったく、レクスはぎこちなく微笑んだ。

 そのとき、ふたりのそばで光がまたたく。それはくるくると回ると、小さな鳥へと姿を変えた。報せ鳥だ。

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