Report23. 決戦の朝
決戦当日の朝。
エルステラの予言では今日の正午過ぎぐらいにディストリア帝国が攻めてくるとのことで、エルト兵士たちの間には朝から緊張感が漂っていた。
朝食の席で、気弱な顔をした兵士が不安そうにイサミに声をかける。
「なあイサミさん…ホントに今日戦いが始まるんスかねぇ……エルステラ様の勘違いだった…ってなったりとかしないッスかねぇ?」
イサミはベーコンエッグを挟んだパンを頬張りながら、その兵士の問いかけに答える。
「残念だが、ラス。その可能性は限りなく低いだろう。エルステラ王の予言は百発百中。それはこの国の民であるラス自身が良く知っているだろう?
それに…先日からディストリアの密偵らしき人物が、このエルト領近辺に探りを入れているのを感知している。それが何よりの証拠だろう。」
「そっか…そうッスよねー……」
藁にもすがる思いで聞いた気弱な新兵、ラスは無慈悲な現実を突きつけられガックリと肩を落とした。
それを見たイサミは、なんとか元気になってもらおうと明るい話題を切り出す。
「だが、そう悲観する必要はないぞ。向こうがいつ襲ってくるか、それが分かっているだけでもこちらは優位に立ち回れる。現に今、向こうに知られずに強固な防衛ラインを形成することができている。
ディストリア帝国と言えど、これを崩すことは容易ではないはずだ。」
イサミの言う通り、エルト王国周辺はエルステラの指揮の元、強力な防衛の布陣が完成しつつあった。
さらに
つまり、側から見れば全くの無警戒のように見えるが、実はガチガチに兵が配置されている為、相手の意表を突くことができるという寸法である。
情報のアドバンテージを取れることが、どれだけ有利であるかを力説したイサミであったが、ラスにはイマイチ響いてはいなかった。
「はぁ…俺、ホントは戦いたくなんてないんスよ。実は来月に長年付き合ってた幼馴染の子との結婚式を控えてましてね……出来れば平和にその日を迎えたかったんですがねぇ。
あっ!実は今その子の写真持ってるんですよ!イサミさん、見ます?」
「いや、いい。」
この日初めて嬉しそうな顔を見せたラスであったが、イサミは素っ気なくその申し出を断るのであった。
「えー!ちょっとぐらい見てくれたっていいじゃないッスかあ!」
「ラス。その話はこれでおしまいだ。戦が終わるまでその話は誰にもするんじゃないぞ。」
「まあまあ別に減るもんじゃないし、いいじゃないッスかー、ほら結構可愛くて……」
「ラスッ!」
半ば強引に写真を見せようとしてきたラスに対して、イサミは大きな声をあげてそれを遮った。
そんな予想外のイサミの反応に周囲はざわめき、ラスは目を丸くする。
「え?いきなりどうしたんスか……?イサミさん。」
イサミは、ポカンとした顔の新兵の両肩を掴み、周りに聞こえないよう小声で話し始める。
「いいか、よく聞くんだラス。それは戦いの前に絶対に口にしてはいけない、死の呪文なんだ。」
「えぇっ!?なんでですか!だって、彼女の写真を見せようとしただけッスよ!?」
「統計データによると、戦いの前に『俺、この戦いが終わったらあの子と結婚するんだ。』と言ったもの、あるいはそれに類似する事柄を発言したものの死亡率は98%とのことだ。これは俗に、死亡フラグというらしい。」
「そ…そんなあ!なんで、恋人と結婚する話をしただけで死ぬハメになるんスか!俺、まだ死にたくないッスよお!」
「だ…大丈夫だ。俺がいる限り、お前を死なせはしない……さ。」
「ちょっとぉ!なんで目を逸らすんスかーー!」
今度はラスの方がイサミの肩を掴みかかり、必死になりながらイサミの身体を前後左右に揺さぶるのであった。
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そんなこんなで朝食を終えたイサミとラスは、エルステラによって指定された場所へと移動する。
今回の戦においてのイサミの役割は、各戦線にいる本隊の支援。
ジリ貧になった部隊への加勢や負傷兵の救護など、戦場を縦横無尽に駆け回る、いわゆる遊撃隊という部隊に任命されていた。
そして、イサミと行動を共にする遊撃隊のメンバーは新兵ラスと、
「イサミ、ラス!おはようなのじゃー。」
「おう、来たか二人とも。」
ディストリア帝国皇女のソニア、そして城の門を守り、イサミを検査した衛兵のマークであった。
「ああ、おはよう。ソニア…やはり、前線に出て戦うのは危なくないか?
今からでも城に戻って、エルステラ王と一緒にいた方が安全だぞ?」
イサミは心配そうな顔をして、ソニアの説得を試みたが、当の本人は全く聞く耳を持たず、首を左右に振った。
「わらわはもう…待っているだけなのは、嫌なのじゃ。これはわらわの国の問題だしな。それに……何があっても、お主が守ってくれるのであろう?」
そう言ったソニアはイサミに向けて、悪戯っぽく笑ってみせた。
しかし、本当は怖いのだろう。その笑顔は少し引きつっていた。
「ああ、もちろんだ。何が何でも守ってみせるさ。」
イサミはその不安を少しでも和らげようと、優しく笑いながら答えるのであった。
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