第二章 魔術先進国エルト王国編

Report13. エルト王国の空

メアリーの後に付いて行きながら、イサミとソニアは空間の中を歩いていく。


歩くこと数分、三人の前には一つの映像が現れる。

その映像には、何者かの部屋が映し出されていた。

先頭を歩いていたメアリーが振り返り、イサミとソニアに話しかける。


「二人とも、この映像の中に飛び込むわよぉ。」


二人は小さく頷き、メアリーの合図で三人一緒に映像の中へと飛び込む。

一瞬の光に包まれた後、三人は映像に映っていた部屋の中にいた。


「ここは…エルト王国なのか…?誰かの部屋の中にいるようだが?」


イサミは部屋の中をキョロキョロと見回す。

リビングルームには高級そうな絨毯が敷かれ、柱にはアンティーク調の掛け時計。

ひとつひとつの小物類が綺麗に並べられているその部屋は、清潔感に満ち溢れていた。


「うん。ここはエルト王国にある私の家の中。あまり見られると照れちゃうわぁ。」


そう言ったメアリーは頬を赤らめ、照れ臭そうにしながら部屋の窓を開ける。


「改めて…エルト王国へようこそ、イサミくん。」


メアリーは手を広げ、イサミに窓の外を見るように促した。

言われるがまま、窓の外を見たイサミは思わず感嘆の声を上げる。


「おお…!すごいな。人が自由に空を飛んでいる。ここがエルト王国か…!」


メアリーの家は高層階にあるようで、窓の外は青空が一面に広がり、下にはレンガ造りの家々が建ち並んでいた。


現実の世界と決定的に違うのは、人が空を自由に飛んでいる所にあった。

ある人は箒に跨り、ある人はサーフボードのような長細い板の上に乗り、気持ち良さそうに空を飛んでいる。


イサミはその光景を見て、今までに無かった信号を感知する。


「そうか、これが…感動するということなのか…」


イサミは自身に芽生えた感情を噛みしめるように、ポツリと呟いた。

そんなイサミを見て、メアリーは嬉しそうに笑う。そして遠くに見える赤い物体を指差した。


「あのお城の上にある、大きな赤い石が見えるかしら?あれがさっき話していた魔晶石よ。」


「あれが魔晶石か…随分と大きいんだな。しかも、あれは宙に浮いているのか?」


イサミの言う通り、魔晶石は下にそびえ立つ城と同じぐらいの大きさがあり、なおかつその城より数十メートル上空の位置に浮いていた。


「そうよ。どうしてそこに浮いているのかは今でもわからないのだけど、国が出来る前からずっとそこに浮いていたの。あの石を中心に、街を築いていってできたのが今のエルト王国。

だから王国民にとって、魔晶石は神にも等しい崇拝対象なの。」


「そうなのか…では俺もその魔晶石の恩恵にあやかるとしよう。メアリー、早速特訓を始めてくれないか?」


「そうね…でも、残念だけどここでは練習出来ないわ。魔法の練習場はあそこ。」


メアリーは魔晶石の下にある城を指差した。


「エルト城でやりましょう。」


「了解だ。また空間の穴を使って、そこまで行くのか?」


メアリーは少し考えた後、二人に提案を持ちかける。


「それもいいけど…せっかくだから、アレで行ってみましょうかぁ。」


「アレ…ってなんだ?」


メアリーはおもむろにクローゼットから箒と長細い板を引っ張り出す。


「イサミくんは、どちらがお好み?」


メアリーの意図を理解したイサミは否定的な意見を述べる。


「俺は…魔法をうまく使うことができない。俺があんな風に空を飛ぶのは無理なんじゃないか?」


「大丈夫じゃ、イサミ。この箒と魔法板マジカルボードは、この物自体に魔力が込められておる。だから、使用者の魔力はいらないのじゃ。」


ソニアはメアリーから箒を受け取りながら、イサミを説得する。


「じゃあイサミくんは、こっちの魔法板マジカルボードね。大丈夫、乗り方はお姉さんが手取り足取り教えてあげるわぁ。」


メアリーはイサミの両肩をポンと叩いて不安を和らげようとした。


しかし、イサミの中に不安という感情はなかった。

言うなればこれは、


「高揚感……ってやつなんだろうか。どうやら俺は、ワクワクしているようだ。」


イサミは思わずニヤリと笑った。


「イサミ、お前初めて笑ったな。」


ソニアが嬉しそうに顔を覗かせてきた。


「俺、今笑ってたか?」


「ああ、イサミは笑顔の方が良い。もっと笑え笑えーー!」


ソニアは無邪気な笑顔でイサミの両頬をつかみ、グイッと上に持ち上げる。


「わはっは、はいへんおほりょふをひよお。(わかった、最善の努力をしよう。)」


イサミは頬をつかまれたまま、冷静に切り返す。

二人の微笑ましいやり取りを見たメアリーは、思わずフフッと吹き出すのであった。


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三人は空を飛ぶために、メアリーの自宅がある建物の屋上に移動する。


イサミはそこで魔法板マジカルボードの乗り方を二人から教わっていた。


「いいわ…イサミくん、上手よ…バランスが取れたら手を離してみて。ゆっくりでいいからねぇ。」


「こんな感じか…?」


イサミはよろめきながらも、なんとか宙に浮いた板の上に立ってみせた。


「うむ、ばっちりじゃ!」


ソニアは両手で大きく丸を作り、メアリーもそれに賛同するように小さく頷いた。

しかし、イサミの中には次なる疑問が生まれていた。


「乗れたはいいがこれ、どうやって進めばいいんだ?」


「それはとても簡単よ。行きたい場所を頭に思い浮かべれば良いの。その信号を魔法板マジカルボードがキャッチして、後は目的地まで自動で運転してくれるわぁ。」


「なるほどな。俺が行きたい場所……エルト城まで俺を運んでくれ。」


そのイサミの願いに呼応するように、魔法板マジカルボードは緑色に発光し始める。

そして魔法板マジカルボードは、ゆっくりと高度を上げながら前に進み出す。少しずつ加速していき、やがて速度は時速50kmに到達した。


人々が飛び交う青空の中を魔法板マジカルボードは器用にすり抜けていく。

魔法都市の風を全身で受けたイサミは、言葉にできない程の解放感に包まれていた。


「自由って…こういうことを言うのかな?この国に来てから、俺の中で何かが変わってきている気がする。」


異世界に来て様々な経験をしてきたイサミの中では、人の持つ感情というものが芽生えはじめていた。


「これが、楽しいっていう感情なんだろうか?後でマスターに聞いてみよう。」


自分の中に新しく生まれた感情。

この感覚をいつまでも忘れないように、イサミは強くに刻むのであった。

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