Report10. 報告

日比谷研究所の実験室。


そこに日比谷の姿はなく、一体の女性型AIロボットが表情ひとつ変えず、イサミモニターを監視していた。

モニターをじっと見続けながら手元のPCにレポートを打ち込んでいる様は、さながら仕事のできるクールな美人秘書のようであった。


そんな彼女に対して、羽倉は気軽に声をかける。


「よっ!お疲れ様775ナナコちゃん。どうだい?イサミの調子は?」


「お疲れ様です、羽倉様。イサミは動力、思考能力ともに正常値を維持しております。ただバッテリー残量がやや少なくなっていたので、スリープモードに入るよう指示を出しておきました。」


「さっすがナナコちゃん。美人な上に仕事が出来て最高だぜ。」


「今のはセクハラでしょうか、羽倉様?」


「いやいやいやいや!普通に褒めただけだから!いやらしい意味はないから!」


「そうでしたか、失礼致しました。どうも羽倉様と話していると、私に組み込まれているセクハラセンサーが許容範囲値を超えやすくなってしまうようでして…顔を見た瞬間からずっとこんな感じです。」


「いや、ナナコちゃん…それ何気に傷つくぜ……」


ナナコにセクハラ男認定されてしまった羽倉は、がっくりと肩を落とした。

ナナコはそんな羽倉を無視して、話を続ける。


「それに仕事をきっちりこなすのはAIロボットとして当然のことです。ましてや、今はマスターの夢のお手伝いをしている訳ですから、ミスをすることなどあり得ません。」


ナナコはきっぱりとそう言い放つと、再びモニターに視線を向け、業務に戻るのであった。


日比谷が製作したこの秘書AIロボット775ナナコは、事務処理や実験のサポートを目的に作られており、今回の異世界転生実験においても、日比谷が不在の時はナナコが監視するというように、交代制でイサミの監視が行われているのであった。


「ちぇっ。日比谷にはデレデレなのに、なーんで俺にはなびかないのかね?」


羽倉がブツクサと文句を言った直後、ナナコの身体からビーッビーッと言う大きな警告音が鳴り響いた。


「えっ?何?何?これ何の音!?」


「すみません、羽倉様。今の言葉でセクハラセンサーの値が限界値を突破してしまったようで、自動110番通報システムが作動してしまいました。」


「えっ…ちょ、待って!それシャレになんないって!ひどすぎるだろ、こんな仕打ちーーーー!」


結局、後から来た警察に無実であることを説明し、何とか事なきを得た羽倉なのであった。


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一方で日比谷は、実家からほど近くの高台にある墓地を訪れていた。

街を一望できる見晴らしの良い墓地をゆっくりと歩き、とある墓石の前で足を止める。


その墓石には「日比谷家之墓」と刻まれていた。


日比谷はその墓石に花を供え、線香をあげる。その後、ゆっくりと目を閉じ、手を合わせ、そこに眠っている人物に優しく語りかけるのであった。


「婆様。幼少の頃より思い描いていた私の夢、ついに実現することができました。私の作ったロボットが、ついに異世界に行くことができたのです。」


この墓石は、日比谷にライトノベルを与えてくれた祖母が眠る場所だった。


今より十年前、日比谷の祖母は突然の病に倒れ、そのまま亡くなってしまったのであった。


おばあちゃん子であった日比谷は、当時かなりのショックを受け、三日三晩部屋に篭って泣き続けた。

気を紛らわす為に大好きなライトノベルを読んでみたものの、祖母との楽しかった思い出も一緒に蘇ってしまい、傷口は広がるばかりであった。


いっそのこと、全て処分してしまおうと考えた。

だが、それは祖母との思い出を捨てることと同義になる。


そんなことは出来ない、その思い出を消し去ることなど出来やしない。あの日語った夢を終わりにしたくない。


自分の夢が叶うのを、きっと天国から見てくれているはず。


そのように考えた日比谷は、その後幾百もの失敗を積み重ね、ついに悲願を達成する。

このことをいち早く報告をしたかった日比谷はこの日休みを取り、祖母が眠っているこの墓地へ墓参りに来ているのであった。


「異世界はこの世界にはいない生き物や、魔法としか思えないような事象……なにもかもが新しいことばかりです。そのロボットが見せてくれる景色のひとつひとつが、今は何よりも楽しくて仕方がないのです。」


日比谷はそこで言葉を区切り、天を仰ぐ。


「あなたにも見せてあげたかった……その景色を。」


ポツリと呟いた最後の言葉は、日比谷の本心そのものであった。


日比谷は祖母の墓石に一礼し、今度はその隣にある墓石にも花を供えはじめる。

この墓石にも同様に「日比谷家之墓」という文字が刻まれていたが、こちらは建てられて間もない、汚れひとつない新品の墓石であった。


こちらにも線香をあげ、その前で手を合わせる。


「……誠一せいいち兄さん。最期までわかり合うことができませんでしたが……同じ発明家として、私はずっとあなたを尊敬していました。だから…正直今でも現実を受け入れられないでいます。

もしあの時すれ違うことが無ければ、あなたと手を取り合って協力する道を歩んでいれば、こんなことにはならなかったんじゃないか。そのようなことをずっと考えてしまうのです。もう取り返しがつかないことだとわかっているのに……」


日比谷は、自分の兄が眠る墓石へ静かに語り続ける。


「あなたはいつの日か言っていましたね……AIロボットには、無限の可能性が眠っていると…その通りだと思います。つい最近の話ではありますが、私の悲願でもあったAIロボットの異世界転生が、ついに成功したのです。

この成功を皮切りに、この世の中はさらに良い方向へ向かっていくと確信しています。

私はこれからもあなたの遺志を継ぎ、画期的なAIロボットを作り続けていくと約束します。だからどうか、安心して眠ってください。」


日比谷は兄の墓石の前で深々と頭を下げる。当然ながら返事は何もない。

日比谷自身も、そのことはとうに分かっていたので「また来ます。」と小さく呟き、墓地を後にするのであった。


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ディストリア帝国玉座の間。


ハリルは、オージェにクビ宣告したことを報告しに、ディストリア帝王のいる玉座の間を訪れていた。


ワン様。オージェに五龍星からの除名ならびに強制退国を言い渡して参りました。」


「そうか、御苦労だった。」


ワンと呼ばれた人物は、黒のフルフェイスマスクを被り、ライオのエンブレムの刺繍が入ったマントを羽織っていたため、その顔や体格などは謎に包まれていた。


「しかし…随分と玉座の間を改造されましたね、まるで工場ファクトリーのようだ。ワン様、貴方は一体ここで何を作っているんです?」


ハリルの言う通りディストリア帝国の玉座の間は、鉄の廃材や工具などが散乱しており、厳かな雰囲気は一切なく、さながら町工場のような状態となっていた。


そして本来、王が座るはずの玉座には、鉄の塊が繋ぎ合わさった作りかけの機械人形が不気味に鎮座しているのであった。


「ああ……この世界にはまだ無いものだ。だが、これには世界に革命をもたらす程の無限の可能性が眠っている。完成を楽しみにしていろ、ハリル。」


「…なるほど、楽しみにしておりますよ、我が王。」


ハリルは機械人形についてはこれ以上追及せず、玉座の間を後にするのであった。


そうして、玉座の間にはワンと玉座に座る機械人形だけが残った。


ワンは、骨組み状態のまま座る機械人形を真正面から見据える。


「……私はこいつと共に、この世界でNo.1となる。あっちの世界ではなれなかった頂点に…今度こそ立つ……!」


ワンの大いなる計画はゆっくりと、しかし着実に進んでいく。


今はまだ静かなるこの野望が、やがて大きな戦乱の火種となっていくのであった。

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