Report03. 異世界の地

「イサミが…消えた…!」


今しがた目の前で起こった出来事に対して理解が追いつかない日比谷は、ただ呆然とするしかなかった。


「おい日比谷!イサミは…イサミは一体どうなっちまったんだ!」


「私にもわからん!だが、イサミの目にはモニターカメラが搭載されている。繋がるかわからんが、とにかく今のイサミの状況を確認するぞ!」


そう言うなり日比谷はモニターの電源を入れる。

しかし、そのモニターには真っ暗な画面のみが映し出されていた。


「何も映っていない…か。それはそうだよな、私がイサミの機能停止ボタンを押したんだ…繋がる訳ないよな…」


予想していた通りの結果となり、日比谷はがっくりと肩を落とした。


しかし、


「う…ん…ここ…は…?」


機能を停止させたはずのイサミの声が静まり返った実験室内に響く。

そして、それに呼応するように今まで真っ暗だったモニターが徐々にその光景を映しだす。


「イサミ、無事なのか!聞こえているなら応答しろ!イサミ!」


日比谷は、モニター付近に設置されているマイクを通じてイサミに話しかけた。


「はい、俺は無事です。マスター。」


「!…よし、音声も繋がるぞ!そこがどこだかわかるか、イサミ?」


「…わかりません。世界地図データから座標位置確認を取ってみましたが、全く反応がありませんでした。わかるのは俺の目の前に草原が広がっている、ということだけです。」


イサミの言う通り、モニターにはだだっ広い草原だけが映し出されていた。


「世界地図の座標に反応がないってことは、イサミはこの世界にはいない…つまり異世界に行けたってことなんじゃねぇのか!?」


羽倉は嬉しそうな声で、日比谷に尋ねた。

日比谷も現在の状況にかなり興奮していたが、その気持ちを押さえつけ、できるだけ冷静な態度で質問に答えた。


「そう決めつけるのはまだ早いぞ羽倉。衝突の影響で座標検知システムがぶっ壊れただけで、この世界のどこかに飛ばされただけかもしれん…何か異世界だと言える決定的な証拠が欲しい所だが…

イサミ、動けるようであれば少し辺りを散策してみてはくれないか?」


日比谷は、マイクを通じてイサミに指示を出した。


「承知致しました。」


そう言うなり、イサミは一人草原を歩き始めた。


「周囲に人の気配はありません。手始めに前方2km先に見える森に突入します。」


「ああ、よろしく頼むぞ。」


「今んとこは、なんの変哲へんてつもないだだっ広い草原って感じだが…どうだ日比谷?そこらに生えてる植物とかから異世界かどうかってのは判別できねぇか?」


そう質問した羽倉に対して、日比谷は小さく首を横に振った。


「いや、私は生物学には詳しくなくてな。正直、そこらの草を見ただけでは判別できん。今度、知人の生物学者を呼んでみるのも良いかもしれんな。」


そうした問答を交わしているうちにイサミが森の入り口に到着する。


「マスター、森の入り口に到着しました。今から中に突入します。」


「ああ、わかった。身の危険を察知したらすぐに武器を構えろよ。」


「はっ!承知致しました!」


威勢良く返事をしたイサミは、鬱蒼うっそうと木々が生い茂る森の中に入っていく。


足を踏み入れたその瞬間、


イサミのモニター越しに映る光景を見て、二人はここが異世界であることを確信した。


「さすがに俺でもわかるぜ…。ここは俺らが知っている世界じゃねぇ。変な夢でも見てるみたいだぜ…」


羽倉は、自分の目に映る光景が信じられないと言わんばかりに頭を抱えた。


「なんだって、木が歩いてやがるんだよ…!」


その森の中は大小様々な木々が、根っこを器用に伸ばしながら歩いていた。


しかし、その木々はイサミの姿を捉えると根っこのような足をはたと止める。

顔や目は無いのだが、全員の視線は間違いなくイサミに向けられていた。


しばしの沈黙の後、森全体がざわざわとざわきだきだし、不意に何者かの声が聞こえてきた。


『お前は一体何者だ?どうやって我々生ける木々リビング・ウッドの群れの中に入ってきた?』


その質問は明らかにイサミに向けられているものだった。

イサミは表情を変えず、淡々とした態度で何者かの問いに答える。


「俺の名はイサミ、しがない旅人だ。普通の森だと思って中に入ろうとしただけなんだが、邪魔してしまったようならすまない。」


ここで、自分がAIロボットであることを明かすのはなにかと都合が悪いと判断したイサミは、しがない旅人を装うことにした。

口調も敬語からぶっきらぼうな口調へと設定を瞬時に変更し、ぎこちないながらも何とか旅人を演じようとした。


『……我々はお前の気配を全く感知できなかった。ただの人間であるならば我々に近づくことすら出来はしないはずなのだが…奇怪な魔術でも使ったか?』


「いや、俺は魔術などというものは使えない。勝手に入って悪かったな、すぐに出て行くよ。」


そう言うとイサミは踵を返して森を出ようとした。


『敵意は無いか…帝国軍の追っ手では無いようだな。』


「……何者かに追われているのか?」


『いや…今のは忘れてくれ。一介の旅人には関係の無い話だったな。』


「もし良ければだが、俺にも何か手伝えることはないか?どうせ行く宛がない旅だ。」


『…有難いが、興味本位で首を突っ込んでいい話ではないぞ…何故なら我々は…』


「良い、マルドゥーク。折角の申し出だ。我々の逃避行に同行してもらおうぞ。」


『ひ…姫様…!』


森の奥から姿を現したのは黒いローブを着た少女であった。

頭には小さな角が生え、緋色の髪と眼を持ち、幼いながらもどこかしら高貴さが感じられた。


「あんたは一体誰なんだ?」


「わらわは、ディストリア帝国第一王女のソニアと申す。よろしく頼むぞ、イサミとやら。」


そのソニアと名乗った少女は不敵な笑みを浮かべながら、イサミに握手を求めるのであった。

イサミもそれに答え、少女の手を優しく握った。


「ああ、よろしくな。ところでディストリア帝国とは一体なんだ?」


「なっ…ディストリアを知らぬとな!?わらわが言うのもなんじゃが、この大陸では知らぬものはいない軍事大国家じゃぞ!」


「そうなのか…すまない。別大陸から渡航してきたばかりだから、まだこの大陸には疎くてな。」


「そ…そうじゃったか…まあ良い。」


ソニアは思わず取り乱してしまったことを繕うように、コホンと小さな咳払いをした。


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モニター越しに状況を見ていた羽倉はイサミの役者ぶりに、思わず吹き出していた。


「ぷっ、別大陸どころか違う世界から来たっつーのに…イサミの野郎、上手いこと演じてるじゃねーか。」


「ふっ…私が発明したイサミを舐めてもらっては困るよ羽倉。嘘を交えて人と話を合わせることぐらい朝飯前さ。」


日比谷は得意げに語りながら、今までに起きた不可解な出来事を整理していた。


あの光の粒子は何なのか?

何故機能を停止させたイサミが復活したのか?

異世界であるのに、何故モニターや音声が繋がるのか?

何故この世界の言語が通じているのか?

先程魔術と言っていたが、魔術が使える世界なのか?


次から次へと溢れ出てくる疑問をルーズリーフに殴り書いていく日比谷の表情は少年のように生き生きとしていた。


「これだから異世界は面白い…!」


ペンを走らせながら、興奮を隠し切れない日比谷は思わずニヤリと笑ってしまうのであった。

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