漫画家さんと女子高生メイド

白玉ぜんざい

第1話


 意識が朦朧とした俺はついに床に倒れてしまう。

 立ち上がろうとしても体に力が入らない。その場でじたばたした結果、ぐてんとうなだれる。


「……何してんですか?」


 俺は顔を上げた。

 そこには呆れた表情で俺を見下ろす女性の姿があった。


 彼女の名前は香椎直葉。

 茶髪のロング。胸はそこそこあるスレンダー体型だが男運のない女。

 俺の担当編集者だ。

 かくいう俺は秋山桂太。実名のまま週刊ドライブで作品を連載するしがない漫画家だ。


「腹減った」


 締切ギリギリのところで、ようやく原稿を完成させた俺は空腹のあまりキッチンに向かうまでに力尽きてしまった。


「またカップ麺ばかり食べて……。そんなんじゃ体保ちませんよ、先生」


「そうは言っても、どうしようもないじゃないか」


 料理なんかできないし。

 彼女もいないからわざわざご飯作りに来てくれるような人もいないし。


「五分待っててください」


 香椎は冷蔵庫の中を覗いて溜め息をつきながらそう言った。なに今の溜め息……そんな絶望的なの?


「自分で作れないなら、誰か雇ってみたらどうです? 最近はそういうサービスも増えてるんじゃないですか?」


「なにそれ」


「家政婦さんとか」


「なんか事件起こりそうだし嫌だね。つか、家政婦っておばちゃんだろ?」


「それは偏見だと思いますが。しかし、こう何度も倒れられるとこちらも困りますよ。今月これで何回目ですか」


 俺は倒れながら指を折って数えてみるが、もう覚えていないことに気づく。


「さあ」


「忘れるくらい倒れているんです」


 そう言われると返す言葉がない。

 でもそんなカツカツのスケジュールを要求してくるのがダメなんじゃないですかね? この際、隔週連載とかでもいいと思うんだけど。


「担当漫画家さんが倒れないように面倒見るのも編集者の仕事なのかしら。これでも私結構多忙なんですよ? 敏腕編集者だから」


「自分で言うな」


「ですので、こうしてお世話してあげることもできないんですから、この状況を打破する策を練らないと」


「んなこと言っても……」


「家政婦さんがダメなら何ならいいんですか?」


「そりゃ、若くて可愛いメイドさんでしょ」


 俺が言うと、香椎は盛大な溜め息をつく。そんなわざとらしく見せることないだろ。

 自分でも妄言だってことくらい分かっとるわ。


「若くて可愛いメイドさんがいれば、こんなことになることなく執筆を頑張れますか?」


「もちのろんよ。目の保養、大事」


 その後、香椎は特にそのことに触れることはなく、簡単に作った手料理を振る舞ってくれた。

 本当に五分そこらで完成させて味は申し分ないのだから、この女中々の有能である。


 俺が飯にありついていると完成した原稿を持って、さっさと行ってしまう。


「もう行くのか?」


「行ったでしょ。私はこれでも多忙なんです」



 * * *



 数日後。

 いつものように原稿と向き合っていたが、やる気が出ないので本棚の漫画を適当に読み漁っているとインターホンが鳴る。


 我が仕事場のインターホンを鳴らすのは宅配の兄ちゃんか香椎。最近何かを頼んだ覚えはないから、多分香椎だろう。


 いつもならインターホンを鳴らしたあと、勝手に入ってくるので俺は特に出迎えることなく漫画に視線を戻す。


 しかし。

 再びインターホンが鳴らされる。


「なんだよ、宅配便か」


 いつの間にかエロ本でも頼んでたのかな。なにそれ禁断症状すぎない?

 どんだけエロに飢えてんだよ。


 重い体を起こして立ち上がり、俺は玄関まで歩いていく。


 無防備にドアを開ける。


「はいはい。ハンコでいいですかー?」


「……へ?」


 時間が止まった。

 そこにいたのは宅配便業者の兄ちゃんではなく女の子。見た感じそもそも宅配便業者ですらなさそうだ。


 ブレザーとチェックスカート、胸元には赤色のリボン。学校指定の制服と見て間違いない。

 いや、あるいはコスプレとか。


「隣の部屋と間違えてるんじゃないですか?」


「へ、え?」


 俺が言うと、彼女は戸惑ったように声を漏らす。接客業にしてはえらく慣れていないな。


 新人か?


「あの、どういう」


「デリヘルの方ですよね?」


「ちがいますっ」


 大声で否定された。


「ちょっと、近所迷惑になるからあんまり大きな声は」


「あなたが変なこと言うからじゃないですか!」


「いや突然見知らぬ制服少女が訪問してきたらデリヘル疑うだろ」


 デリヘル嬢にしてはちょっと若すぎる気もするけど。未成年雇うのは法的にアウトだからいろいろマズイぞ。


「……お姉ちゃんから何も聞いてないですか?」


「お姉ちゃん?」


「秋山、桂太さんですよね?」


「ああ」


「わたしは香椎柚葉。時給二〇〇〇円のアルバイトとして訪問致しました」


 丁寧に言って、香椎柚葉と名乗った彼女はぺこりと頭を下げる。


「……はい?」


 香椎ってことは、あの自称多忙編集者の妹ってことか? 確かに見てみるとどこか面影がないこともない。


 黒髪のミドル。

 幼い顔立ちの割にスタイルはいい。出るとこ出てるし引き締まるべきところは引き締まっている。

 化粧は最低限。それでもしっかりと美人なところ元がいいのだろう。


 まあ、香椎のやつも顔はいいからな。


「これから、よろしくおねがいします」


 俺が理解も納得もしないまま、よろしくおねがいされてしまった。

 とりあえず香椎に電話するか。

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