第10話 神獣

 次の日、オレは朝起きると畑に向かった。


 もちろん朝の涼しいうちに畑に水を上げるためだ。なんて健康的で真人間なんだろうか。元々常識人だったが、さらに人間レベルが上がってしまって、もうすぐ聖人レベルだ。おっと、いけないこんなジョークをいうと「狂信」がでるっていうな。気を付けよう。


 台所のドアから畑に出る。


 畑は柵で囲まれていた。


 「……いつの間にこんなことに」


 小人さんがやってくれたのだろうか。オレに優しいのは小人さんだけだな。もう、好き。クロなんて昨日オレを襲ってきたからね。


 オレは鼻歌を歌いながら、柵が切れている入口っぽいところから畑に入る。


 拘束された。


 「うん?」


 糸でぐるぐる巻きにされてしまった。そのまま引っ張れて畑から出されてしまう。


 「これはどういうことかねクロくん」


 オレは下手人にそう問いかけた。感情の読めない目でオレを見下ろすクロ。しいていうならば、いらないもの見るような目と言えるだろうか。


 クロはその状態のオレを持ち上げて、家の前側まで来るとぽいっと捨てた。


 「あう」


 地面にバウンドするオレ。そんなオレが起き上がる前に、クロは畑に戻ってしまった。扱いがひどい。せめて恨み言の一つや二つ聞いていってほしかった。


 よよよとオレは泣き崩れる。


 「ひどい……だけど知ってるよ。私クロが優しい子だって。今はただ機嫌が悪いだけだよね……早くいつもの優しいクロに戻ってね」


 『貴様、あやつに優しくされたことなどないだろ』


 「見てわからないの!あれは愛ゆえによ!つまりはあれが彼の優しさ!」


 『……では、酷いことをされていないではないか』


 えぐ。淡々と論破するじゃん。オレもその場のノリだけで喋った節はあるけれども。


 リー助は縛られ転がる無様なオレは何ともいえない表情で見つめる。


 『……人間にはそういう被虐的な性癖があると聞くが、貴様もその類いか』


 「性癖?オレはくっころ女騎士が好きだけど」


 『そうか……貴様はゴミだな』


 そっちが聞いてきたんじゃん。オレは正直者だから、聞かれたことには真面目に答えちゃうの。


 あとどMじゃないのでそんなサービスはいらないです。サービスって言っちゃったよ。


 「でも、さあオレを拘束して放置するクロの方が趣味やばくない?」


 『貴様はゴミカスだな』


 やったねランクアップだ。常識人からゴミ、ゴミクズと負のランクアップがすごい。


 『クロから伝言だが……』


 「あん」


 『あそこは私と小人さんたちの管轄になったから、お前は近づくなと』


 「オレが買った種なのに?」


 いや、まあただの暇つぶしというか、面白かったら趣味にしようとしてただけだから別にいいけど。


 「ねぇ、奥さん。そういうことするんだよクロって。ひどいと思わない?」


 『誰が奥さんだ。昨日は小人さんに泣きついたり、今日は我に泣きついたり、忙しいやつだな貴様は』


 まあ、適当に喋っているだけだからね。元仕事仲間にもスライムでももう少し考えて喋ると評判だ。ちなみに世界魔物学会によるとスライムはほぼ反射で生きているらしい。あれ?もしかしてすごい暴言吐かれてる?


 しっかし、オレは寝転びながら空を見て思う。


 クロの縛り方絶妙だな。


 痛くもないし、きつくもないが、しっかり動かない。糸も昨日の感じからネチャネチャしているかと思ったが、サラサラしている。これで全身を包まれたら気持ちいいのではないだろうか。今度頼んでみよう。


 「いやークロがあんなに野菜が好きだったとはな」


 『あれはあいつが特殊なのだ。魔物であそこまで味にこだわるやつもいない』


 「ほーん、そんなもんか。それじゃあ魔物ってさ、種類によって食べるものとか決まってないの?」


 『魔物は基本雑食だな。しいていうのなら魔力を多く含むものを好む。だからこの地には多くの魔物が生息しているのだ』


 なるほど。確かに町にいるときより、魔力の回復が早いかもしれない。


 魔物は前線で戦う戦士等よりも魔術師を先に襲うと聞いたことがある。魔物は本能的に防御力が低い人つまり弱そうな人から狙っていると言われていたが、本当は魔力が強い方に惹かれていたらしい。


 「じゃあ、意図的に魔力を放出したら寄ってくるってことか?」


 『魔力の量に寄るな。魔力の含有量は魔物の世界ではそのままその生物の強さに通じる。ある程度の知能があれば、自分より魔力を含む生き物には近づかない。全ての魔物がそうかと聞かれても、知らないがな』


 「へぇ~」


 というか滅茶苦茶説明してくれるなリー助。頼られたらうれしいタイプか。


 「それにしても、前から気になってたんだけど、リー助って何で人族と会話できんの?」


 『今更か……』


 「喋れることよりも、そのなりで声が渋いことに意識が言っちゃってな」


 『……言っておくが、我に決まった声というは存在しない』


 「は?何を言ってんの」


 よくわからないことを言い始めたリー助に説明を求める。


 『いいか、そもそも我の声帯で人間の声など出るはずがないだろう。現に今もお前の頭に直接語りかけている』


 いやいや、そんなまさか。ずっと口を動かして……あれ?


 「そういえば、ずっと何だか違和感があったような」


 『貴様、鈍感にもほどがあるだろう!』


 「つまり今もずっとオレは一人で話し続けてるってことか。やだ〜恥ずかしい〜もう早く言ってよ〜」


 『寝る』


 あ、ごめんなさい。話の腰を折らないので話を続けてください。何とかリー助を宥めすかしおだて、説明を続けてもらう。しぶしぶといった雰囲気で説明をし始めるリー助。やっぱり喋りたがりか。


 『話を戻すが、我に決まった声は存在しない。ただ思念を発信しているに過ぎぬ。だから声色は受け取り手次第ということだ。つまりは貴様が勝手にこのなりに渋い声を当てはめたのだ』


 「嘘だろ……じゃあオレは凛とした女性の声で罵られるチャンスを逃していたということか!?」


 早速オレは話の腰を折った。


 『やはり貴様変態だろう』


 「何言ってんだ?人族の男は全員が同じことを思ってるよ。普通だ。普通」


 『そうか。人族は業が深いのだな』


 だから普通だって。


 しかしそうか、じゃあリー助の声は頑張れば自由自在ということか。


 「ちなみにリー助ってさ。メス?オス?」


 『何故そんなことを聞く?』


 「いや、それを聞いたら声が変わるのかなって思ってさ」


 喋り方からしたらオスっぽいけど、もしかしたらメスかもしれない。その場合は、女性の声になるんだろうか。


 『……どっちでもない』


 「はい?」


 『だからどっちでもないと言っている。そもそも我は魔物ではない。神獣だ。いわゆる神の使いというやつだ。だから性別など存在しない』


 「そういう妄想?」


 『貴様は本当に失礼だな!眠らせるぞ!』


 斬新な脅し方だ。


 しかし神獣ねぇ。聞いたことがある。どこかの地方には獣を神の使いとして崇めるところがあることを。その獣は神の言葉を代弁し、時に神を降ろす依り代になるという。


 神の言葉も代弁するのだから、当然人語は話せるのだろう。最初の疑問が解決したな。というか魔物の言葉も理解しているところをみるに、人語に限らずと言ったところか。


 それにしても何でその神獣様がこんなところにいるのだろうか。神獣であるならばまつられてしかるべきだと思うのだが。


 オレはリー助をじっと見つめる。


 「神獣か」


 『そうだ。だから貴様は我に対する態度を改めるといい』


 「どっちでもないなら、メスってことでいいよな」


 『貴様さっきからそればっかだな!』


 俗物がと吐き捨てるとリー助は目を瞑り顔をそむけてしまった。そりゃ神獣からみれば、オレに限った話ではなく誰でも俗物だろう。オレはそんなことを考えて、ちょっと笑う。


 ふぅ。


 ……とりあえず誰かこの糸をほどいてくれないかな。この状態で誰からも構ってもらえないのは、きついものがある。


 

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