第5話 王都侵入

 「やっと森を抜けたか」


 「ミー」


 オレはやっと森から出ることができた。だいたい3時間ほどだ。行きにファントムシープのところにたどり着いた時間を考えると、オレはだいぶ蛇行しながら歩いていたららしい。なお途中デビルリーエイプを見かけたが、オレたちを見つけた瞬間すぐに逃げていった。彼らが恐れたのはオレか小人さんか……


 キョロキョロと当たりを見渡すと、近くの木にロープが巻いてある。これは町のハンターが巻いた目印で大体ここから森に入ることが多い。それすなわちここが一番町に近いということだ。だいたい徒歩で一時間ほどだろうか。もうひと頑張りとオレは歩き始めた。


 そしてオレは、道中盗賊に襲われているお姫様の馬車を助けることなんてなく町についた。オレの一攫千金の夢が。


 ちなみにオレが住んでいるはラベリスト王国の首都で、それなりに栄えている。まあ、首都といってもラベリスト王国の領地にほかに大きな町なんてないがな。村が少しばかりあるぐらいの狭い国だ。見どころと言ったら歴史だけはある王城ぐらいか。


 首都は石壁で囲まれており、入口は東西南北に一つずつ。オレは草むらの陰から入口を覗き込む。


 ちっ、知っている顔だ。入口には門番が二人立っている。


 あそこを通れば即確保から、上司の元へと一直線だろう。


 だが、甘いな。オレは魔術師だぞ。


 オレは何の気無しにてくてくと歩いていく。着ているローブのフードを被り顔を隠しながら。


 「む、そこの君、フードを外して身分証明書を出してくれるかな」


 近くまで行くと門番さんがそう言ってくる。


 「あ、すみません取りますね〈眠り〉」


 フードを外すと見せかけてすかさず魔術を発動。


 そしてオレは走り出す。意識が落ちかかる門番二人スライディングで二人の間を抜ける。二人の門番が倒れる前にまた魔術を発動。


 「〈覚醒アラート〉」


 バランスを崩していた二人だが倒れる前に目を覚ます。よし。オレはスライディングの勢いのまま石壁の陰、門番の死角に転がり込む。


 「……はっ!おい!今ここに誰かいなかったか?」


 「すまん。俺もいたと思ったんだが、急に眠気が来てな……寝ぼけてたのかもしれん」


 さすがはオレ。我ながら魔術速度と魔術精度には惚れ惚れしてしまう。怪しまれることなく二人を一瞬だけ眠らせることができた。


 「なっ!お前も眠気が来たのか!?まずいぞ!さっきのがセツナ様だったかもしれん!くそっ一体どれぐらい意識が飛んでいたんだ!」


 「そうか!あいつの魔術か!くそっ、やられた!魔術の兆候が全然感じられなかった!」


 「腐っても民の英雄様ってことだろ!お前は今すぐグレイ様に今のことを伝えろ!俺はこの周辺を探す!いや、というか普通に不法侵入だから全員でしょっぴく!」


 門番の一人が町の方へ走り、もう一人が鐘をカーンカーンと鳴らす。


 「であえーであえー!奴が侵入したぞー!」


 「「「おおう!」」」


 奴って。さっきまで様よびだったのに……


 オレはこそこそとこの場から逃げだした。



 ***



 かぽーん。


 「ふぅ~」


 オレはお風呂につかると思わずそんな気の抜けた声が出る。


 ここは町の大衆浴場。身体が臭かったのでとりあえずオレは風呂に入りにきていた。まずはやっぱり心の洗濯だ。逃亡には冷静な心が重要なのだ。それに汚れた格好のままだと目立つからな。追手?大丈夫だ。やつらは真面目だから。こんなところに寄るなんて思いもしてないだろう。


 「あ~」


 おじさんみたいな声が出た。まだぴちぴちの二十代なのに。しかし風呂はいい。今までの疲れが抜けていくようだ。まあ、7日間寝ていただけなんですが。リー助の毛はすごくて、寝ていた後に感じる体のハリなども全然ないが。


 「ミ~」


 「そうか。お前も気持ちいいか」


 風呂の淵に置いたお湯を入れた桶では小人さんが入浴している。桶の淵に両手をかけこちらも気持ちよさそうだ。小人さんはオレらからすると服を着ているように見えるのだが、そのままお湯に入っている。服じゃなくて体の模様なのだろうか。つまり小人さんは常に全裸……!


 ボチャン


 「うぷっ」


 乱暴に入浴してきた客がたてた波がオレにかかる。マナーをちゃんと守ってくれよ。マナーを守れないやつがどんな顔をしているのか拝んでやろうとちらりと隣を盗み見る。


 いかつい顔だ。いかにも性格が悪そうな顔をしておる。


 「よう」


 「お湯を波立たせるなよ。顔にかかっただろ」


 「わざとだ」


 「おいおい、いいのか。風呂でオレの〈眠り〉が火を噴くぜ」


 「そっちこそだ。水場でオレに勝てると思ってんのか」


 にらみ合う二人。


 「「けっ」」


 二人同時に目を逸らした。


 「で、なんでマスターがここにいるんだ。さぼりか」


 「そりゃお前だろ。オレのバーは夜からなんだよ」


 そうなのか。全然知らなかったな。だってオレ昼間は働いているからな。なんたって働いているから!


 「で、ここ最近お前はどこで何してたんだよ。お前の上司がうちのバーにも聞き込みに来たぞ」


 「なんて答えたんだ」


 「東の森に行くらしいから迷ってんじぁねぇか。バカだし」


 「おしいな。少し違う」


 「そうか。迷ってはいなかったか」


 「なんでバカは確定だ」


 否定したところそこじゃないよ。


 「迷いはしたが、帰ってこなかった理由はほかにある。ずっと寝てたんだよ。ファントムシープの毛に埋もれながらな」


 「はっ、7日間だぞ?」


 「そうだよ。7日間だ。ファントムシープがなんで目撃情報がないかわかったよ。触ったものは帰ってこれないからだ。死ぬまで寝続けるからな」


 あの感じだと手袋等も意味をなすかどうかわからないな。本当に劇物をさわるような準備をしないといけないが、あの雲のような見た目に皆油断するんだろうな。


 「……それは、討伐したほうがいいんじゃねぇのか」


 「それはオレが許さん。オレはあの毛で絶対に布団を作る!」


 「そうかよ。だがそのままにしておくのも危険だろ」


 「そこはほら後輩のためにマスターが頑張ってくれ」


 「ぶん投げかよ。俺はもうハンター辞めてから大分経つんだがな」


 「またまたそれでも時たまハンターギルドに現れては後輩にうざがらみしてんだろ。『いいか。俺らの時代はなぁ』って」


 「してねぇよ」


 「まじか。オレの職場にはよく現れるぞ。なんか退職したおじさんたちが。後輩をいびりに」


 「聞きたくねぇよ騎士団のそんな話……」


 まあ、騎士だろうが元騎士だろうが人は人ってことだろ。


 はぁとマスターはため息をつくとお湯を顔にかける。


 「まあ、ハンターギルドにはファントムシープは精神系魔法を得意とする魔物だと言っておく。あの姿は幻だから獲物としてのうまみはないし、眠らさられるから近づかないのが吉とでも説明するさ。オレにできることはそんなところだ」


 「え、本当にどうにかしてくれんの?何?実はオレのこと好きなの?」


 「死んでくれ」


 「がぽぽぽぽぉ」


 お湯がお湯が!鼻に入った!オレは頭を抑えられ浴槽に沈められる。抵抗するが、筋肉だるまなマスターには無駄な抵抗だ。


 「ぷはぁ!お湯に沈めることないでしょ!?」


 そうやってお風呂でふざけるのは、事故のもとなんだぞ!小さい子が真似したらどうする!


 ふんと鼻を鳴らすとマスターは立ち上がり浴槽からでていく。ねぇ、ごめなんさいは?


 あ、そういや寂しがり屋なマスターに伝えることがあるんだった。


 「オレ仕事辞めて、森に住むことにしたから」


 「そうか、せいせいするな」


 「おう、またな」


 「ああ」


 マスターは適当に返事をすると歩いていく。タオルで自分の体をぺちーんぺちーんと叩きながら。うげぇ。おじさん臭い。オレはあんなおじさんにならないようにしよう。目指すはマダムにモテモテのイケおじだ!




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る