第35話 蜂の王の帰還

 3日が経った。

 僕は今、地上に出ている。場所は洞窟の入口付近。もちろんあの化け物と一緒だ。調教の結果、今ではかなり僕のいう事を聞いてくれる。その際には蜜の入ったペットボトルを一本まるごと与えないといけない。だから命令の回数とかに制限がかなりあるけど、それでも十分な程に心強い。恐らくお腹さえ空いていなければ、よっぽどの事がない限り暴れ出す心配はないだろう。安心だ。更にはさっきからカニクイザル……以前に浜辺で僕たちを襲ってきた奴だ……が、僕らの周辺に散開して、ずっとこちらの様子を伺っている。

 それだけ聞くと物凄く不安になるけど、どうやら不安がってるのはむしろサル達の方らしい。この化け物が恐ろしくて目を離さずにはいられないようなのだ。今思えば、恐らく僕らの洞窟がこいつらの被害に遭わなかったのも研究所にこいつが居たからだろう。今後もこの化け物さえ傍に居ればあいつらに襲われる心配はない。あの桃だって取りに行ける。

 その化け物だけど、彼は図体がデカいから僕の後ろの巨木の陰に伏せさせてある。彼にはあるものを持たせてあった。それは、僕の帰りを待ってるだろうみんなへのちょっとしたお土産だ。

 ふふふ。

 あれを見せたら、みんなどんな顔をしてくれるだろう。

 今から楽しみ。


 なんて、思ってるうちに洞窟のすぐ傍までやってきてしまった。さて、僕という英雄の凱旋に、みんなはどんな反応するだろう。ちょうど洞窟の入口には、見張りらしい女子が二人立っている。


「ただいまー」

「え……!?」


 僕が木の陰から歩み出て気さくに呼びかけると、二人が同時に僕に気付いた。まるで幽霊でも見たみたいな顔をしている。失礼な奴らだ。

 でも僕は怒らない。なぜなら僕の目的はただ一つ。この頭サル並みのおバカさん連中に僕が優秀なリーダーである事を認めさせる事だからだ。ちょうど化け物を躾けたみたいに。


「せ、先生えええええ!!!?」


 すると女子の一人が洞窟の奥に引っ込む。すぐに洞窟の中から春奈先生と奉日本が出てきた。続いてその後ろから、ぞろぞろと残りの連中が出てくる。中にはデブの佐々木やアピスの姿もあった。懐かしい顔ぶれ。でもなぜかアピスだけ泣き腫らした顔をしている。相変わらず陰気臭い女だ。数を数えると17人だから、これで全員だろう。


 よしよし。不意打ちの心配はなさそうだ。幾ら化け物がいるとは言っても、万に一つも負けたくない。


「は、花蜜くん……?!」

「うそ……あの研究所にはいなかったのに……!? なんで……!?」


 案の定というべきか、皆動揺していた。

 やれやれ、色々説明してやらなければならないだろう。


 僕は事情を説明してやるため、一歩前進した。

 みんなは揃って退く。


「征四郎くんはどうしたの!?」


 すると、一人だけ退かなかった奉日本が叫んだ。


「どうしたと思う?」

「……!」


 僕は即座に聞き返す。

 僕が生きていた事。そして今、どうしてこんな余裕たっぷりに顔を出したのか、理由が解らなくて怖いんだろう。僕が生きていて、時坂が姿を現さないって事は、つまり……。


「こういうことさ」


 お土産の出番だ。


 言って僕はパチン、と指を鳴らす。

 すると僕の背後で、バキバキと木の枝の折れる音が聞こえ、巨大な化け物がむっくり立ち上がった。


「「なっ……!?」」


 その木よりも大きな巨体に皆驚く。

 だけど皆がもっと驚いたのは、その化け物がみんなの前に投げ捨てたものを見た時だった。

 それは、人の形をしており、長身で精悍な顔立ちをしていて……まあ、ようは時坂だった。時坂の死体。誰が見ても本人だと解るように、頭部はわざと綺麗に残してある。だけど体の部分はズタズタ。障害者のアピスが見たって一目で死んでるって解るくらいグロテスクに仕上げてある。


「くくく……はははははははははっ!!!」


 次第に笑いが込み上げてくる。もう抑える必要もないだろう。


 みんなの顔がおかしくってしょうがない!!!


「ざぁんねぇんでした!!! みんなの希望はない!! これでキミたちの人生終了!!!! そして僕の人生の始まりなのさ!!!! ぎゃはははははは!!!! 絶望した???? ねえ絶望した!?!?!?!?」


 僕は嬉々として奉日本に尋ねる。本当はもうちょっと冷静に話すつもりだったけれど、今にも泣きそうな彼女の顔を見たら笑えてきた。

 ここに居る全員が時坂を頼りにしていたのは間違いない。だけど奴のことを一番大事に想っていたのは、間違いなくこの女だろう。だからこんな顔をしているんだ。僕は尚更心を込めて、


「どんな気持ちかなあ?」


 彼女に問いかける。


「こっ……殺してやるうううううううううううううう!!!!!」


 最早格好を気にする余裕もないんだろう。こんなサバイバル状況においても、人並外れた美しさを維持し続けてきた奉日本。そんな彼女の完璧に整った目や鼻や口が、引きちぎれんばかりに見開かれている。それが見苦しくって面白い。

 だけど驚いたのは、その甲高い怒声の後に、奉日本の頭上に巨大な電気の塊が浮かび上がったことだ。塊はとんでもなく大きい。化け物の奴と比べても二回りは大きかった。

 なるほど。彼女の能力も恐らく、僕と同じで感情で大きさや威力が変わるのだろう。これは面白い発見だ。後で彼女を僕のものにした時に使える。


「待ちなよ! 僕に逆らえば、お前はもちろんみんなも殺す! この化け物を使ってね!」


 なんて考えている内に電塊を投げられて消し炭になりたくなかった僕は、すかさず言った。

 激昂していた彼女も、その一言で投げようとしていた手を止める。


「わかるよね? その巨大な電気の塊で僕を殺そうとすれば、その瞬間僕は化け物にみんなを殺すように命令する。仮にキミが僕を殺したとして、代償はあまりにも大きい。止めた方がいい」


 まあ僕なら迷いなく投げるけど。

 他の連中なんかどうなったって構わないから。だけどこいつは体面を気にするから、恐らく。


「人質まで取るの……!?」


 やっぱり。

 怒るだけで動けなくなる。

 ああ、この状況。すっごい優越感を覚える。だって、彼女は明らかに僕よりスペックが高いんだ。それなのにバカみたいな理由で僕を倒せない。本当にバカ。


「花蜜くん!」


 すると、今度は先生がノッシノッシと歩み寄ってきた。


 うん?

 おかしい。あいつは能力者じゃないはずだ。だからこの状況で強気に出られるはずはない。少なくとも、僕が先生なら黙って縮こまってる。それなのに出て来るってのは、はは、こいつもバカなんだな。


 なんて内心嘲っている内に、先生はそのまま僕の目の前までやってきた。


「なんです?」


 僕は真正面から先生を見返して言った。

 今の僕ならもうこんな奴にビビる必要はない。


「なんですじゃないでしょう!! 今すぐこのバカげたことを止めなさい!! それで、みんなに謝るの!!!!」

「……? 謝るって、なにを?」


 本気で解らなかった。


 こいつは何を言ってるんだ?


「罪を犯したことです!!! 人を殺すなんて、決して許される事じゃない!!!!」


 僕は当たり前のことを言っただけなのに、また『信じられない』みたいな顔をされる。


 だからさあその言い分は何?

 無意味なんだけど!


「許す許さないは僕が決める。あいつは僕に敵対していた。だから死んで当然。以上。証明終了。QED。解る?」

「……!?」


 なんて言ってる内にも先生の顔が相当青くなってきていた。


 あ、怒ってるぞ。これはひょっとして……。


 パンッ!!!


 次の瞬間、僕は引っぱたかれた。

「……うん。なんで?」


 僕は尋ねる。

 物理的には痛かったけど、心理的には全然痛くなかった。それよりも僕の安い挑発でこいつが怒り狂ってる様が楽しくて仕方ない。


「なんでじゃないでしょうが!!! もっと人の心を持ちなさい!!! この人でなし!!!!」

「別に僕は人だけど。それを認めないアナタの方が人の心持ってないんじゃないの?」

「……!?!? どうしてアナタはそんな……! 酷い事が言えるの!?!?!?!!?」


 図星だったからか、先生が今度は泣き顔で言った。


「別に酷くないんだけどな……。まったく、どういったら理解して貰えるんだろう? キミは先生のくせに知能が化け物以下なんだ。これじゃあ調教の使用が無い。だったら……こうするしかない」


 僕はそこまで内心を口にすると、先生を指差し、もう片方の手で三回指パッチンした。これは化け物に僕が教えた簡単な合図の内の一つ。その意味は……。


『こいつを、殺せ!!!』

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