第13話 カルネアデスの板

「……だっ、だれか助けてえええええええええ!!!!」


 僕は大声で助けを呼んだ。


「タクちゃん!!!!」


 僕の声に応えてくれたのは、時坂くんだった。彼は僕の前に飛び出ると、サメに向かって手に持っていた拳大の石を投げ込む。バチャンと大きな水しぶきが上がった。サメは危険と判断したのか、くるりと旋回して僕らから距離を取る。


「海はダメだ! サメは浅瀬でも入ってくる!!」


 背中越しにそう呼びかけてくる時坂の姿は、正直めちゃくちゃカッコよかった。だからこそ内心複雑な気持ちになる。

 確かに助けてとは思った。先生でもいいとさえ思った。だけどこいつだけには助けられたくない。だってこいつは僕の天敵。仮に助けられたとして、この後僕は彼に感謝しなければならないだろう。その先も僕は一生今日この日の事を彼に感謝し続けなければならない。そんなのは死ぬより嫌だった。


 ああ! なんでこいつはいつもカッコいいんだろう!! どうしてそれはいつも僕じゃないんだろう!? 僕はどうしてこんなに無能なんだ!? 解らない……!! ただ怒りだけが込み上げてくる! こいつだけは殺したい! 死の恐怖と安堵感と、彼への苛立ちで心がぐちゃぐちゃになる……っ!!


「拓也さんっ! 大丈夫ですかっ!!?」


 僕がそんな風に内心憤っていると、立花さんがぜーぜー息を荒げながら僕の所までやってきた。どうやら発作は収まったらしい。僕は彼女を突き飛ばして逃げたんだけど、どうした訳か彼女は気にしていなさそうに見える。少なくとも顔には不満の色は出ていない。それどころか、本心から僕の事を心配しているように見えた。まあこいつの気持ちなんか解りっこないけれど。


「二人とも! 来るぞ!」


 僕がそんな風に思ったのも束の間、時坂くんが叫んだ。一旦僕らから距離を取ったサメが、大きく旋回して再びこちらに迫ってくる。今度は手に石もない。浜辺に上がろうにも、まだサルがうろうろしている。こんな状態でどうやってこの窮地を乗り越えればいいのだろう。僕には解らなかった。時坂くんが再度僕たちを庇うようにして立つ。その時僕の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。


 そうだ!

 こいつが食われている間に逃げよう!


 僕は思いつく。現実的に考えて、僕が助かる道はそれしかない。仮に三人で逃げ出したとして、足が速い時坂くんはともかく、僕と立花さんは確実に捕まるだろう。けっきょく僕らが生贄になる形で時坂くんが生き残るか、三人とも食われるかしかない。だったら僕は決意する。自分でもクズだって思うけれど悪く思わないで欲しい。こういうのって確か『カルネアデスの板』っていうんだ。自分が死ぬしかないって状況に陥った時に、他人の命よりも自分の命を優先しても許されるって有名な裁判事例。だからしょうがない。許して欲しい。時坂くんが食べられている間に僕だけは逃げる!


 そう思い、僕は時坂くんの背中を思いっきり突き飛ばそうとして彼に近寄った。

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