第25話 片霧明乃がその機体を形容する場合



 ――――私、片霧かたぎり明乃あけのは、胸の高鳴りを抑えられなかった。


 FAS運営科に入ってから、二回目の実況役。

 思い出すのは初実況の時。新入生戦の第一試合。大きい舞台で緊張しまくって、どもりまくって噛みまくって、それはもうぐだぐだな実況をしてしまった。


 なので、今回はそのリベンジ。

 担当する試合は、サラ・ファイン対笹川蔵人。非公式な私的試合だ。


 同じクラスで席も近いサラさんが個人的な試合をすると耳にして、実況の練習をさせてもらおうと頼み込んだ。

 ――――観客が少ない試合なら、あんまり緊張しないかも。

 そんな下心もありつつだった私のお願いを、サラさんは「ぜひ!!!!」とこちらが引くくらいの勢いで快諾してくれた。そして。

 

「――――スタートまで、残り三十秒!」


 オンマイクで会場に声を流した後、冷や汗を拭う。

 ……危なかった。今ちょっとタイムコールが遅れそうになった。

 緊張してたわけじゃない。ぼーっとしていたわけでもない。


 私は今、なぜか胸が高鳴っていた。

 洋上のスタートシップに立つ、白蒼の機体をまとうサラさんを目にして、動悸が止まらなくなった。


 サラさん。サラ・ファインさん。

 同じクラスの留学生。びっくりするくらい真っ直ぐで元気な子。初陣で派手にスタートを失敗した子。それくらいの印象しか、抱いてなかったはずなのに。

 今は彼女から、その鮮烈な姿から、目を離せない。


「――――残り、十五秒!」


 前に使っていた機体クインビーと、機体の色やアーマーの形が微妙に違う。翼型のツインロッドもだ。個人用にチューンされた機体だろうか。……いや、そうに違いない。

 だってあんなにも、サラさんの姿に似合っている。

 きっとそう。あれは、専用機オートクチュール以外の何物でもない。

 

「残り、十秒!」


 なんでだろう。なんでこんなに胸が高鳴るんだろう。

 初めて見る専用機だから? 同級生がいつもと違う様子だから? 

 思い浮かんだ理由はピンとこない。けれど確かに、わたしの心臓は早鐘を打っていて。


「五、四、三、二、一――――スタートクロック、グリーン!」


 サラさんの機体が飛び立つ。GIPのコントレイルを曳いて、白蒼の鎧が舞い上がる。

 目が離せない。その白い翼に、瞳を釘付けにさせられる。

 

「クロック十秒、笹川選手はここでボックスイン! スライドスタート!」


 笹川君の方を見れていたのは、半分意地みたいなモノだった。

 私にとってこの舞台は前回のリベンジなんだ。失敗は許されない。

 そう思っていても、公平な目で見ようと努めても。

 私の視線は、サラさんの姿を捉えて離すことはなく。


「クロック十六秒でファイン選手反転、急降下!」

 

 新入生戦と同じ、ゼロダイブを狙ったクロックタイムぎりぎりでの反転。

 成功すれば、ボックス上面のGIPフィールドと自機のGIPフィールドが干渉して追加の加速力が得られる。けれど、少しでもスタートが遅れれば即失格。

 そんな思い切ったスタートにチャレンジしているはずなのに。

 翼を広げ、ボックスへと加速していく白蒼の姿は、悠々としていて、とても美しく。


「軌道は迷いなく一直線! さながら――――」

 

 衝動のまま形容しようとして、一瞬のためらいが生まれる。

 その時思い出したのは、先輩から聞いた実況のタブーのひとつ。『翼と星を繋げた形容をしないこと』。

 妙にピンポイントなローカルルール。それが生まれた理由は一種のジンクスだ。かつて『蒼翼の彗星』と呼ばれたジュニア選手が、不幸な事故に遭って引退せざるを得なくなったから。

 

 聞いたときはわざわざそんな言葉使わないなぁ、なんて思ってたけど。

 目の前のこの光景を見たら。あんな軌道を見せられたら。

 凡庸な私の語彙には、これ以上今の彼女に似合う言葉が見つからなかった。


「――――さながら、白翼を持つ流星のように!

 ファイン選手のボックスイン! そして――――クロックレッド!」


 瞬間、ボックス上面に薄白のGIPフィールドが展開される。

 そして、流星が曳く白の後塵が、勢いを持って爆裂し―――――


「――――追加速! ファイン選手、ゼロダイブ成功!」


 狭きに過ぎる正方の空に、一陣の星が流れた。



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