第27話 ソフィアとのデート

 俺がアイラと遊んだ翌日。

 クラミーの部屋に向かう途中。

「きょ、今日は私と遊んでくれませんか?」

 よそよそしい態度をとるソフィア。

「まあ、いいけど」

「クラミーさんの護衛ならすでに波瑠さんとアイシアさんに任せてあります」

「そう、なら俺には暇な時間ができるのか」

「ええ。だから私と遊んではくれないのかなって」

 不安そうに身体をよじり、顔を赤らめているソフィア。

 そんな姿を見せつけられたら――

「分かったよ。行くよ」

 目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに顔を近づけるソフィア。

「本当!?」

「あ、ああ。嘘を言ってもしょうがないだろ……」

「それもそっか。ありがと!」

 嬉しそうにはにかむソフィア。

「しかしどこに行くんだ?」

 俺はそれとなく尋ねる。

「図書館なんてどうかな?」

 ソフィアが照れくさそうに呟く。

 そんなにソワソワしているとこっちまで落ち着きを失う。

 いつもどおりに接してくれ、とは無理な話か。

 中央ランスロット図書館に着くと俺とソフィアは中に入る。

 新書の匂い、古書の匂い、紙の匂いが鼻孔をくすぐる。

 この匂い嫌いじゃない。

「図書館って独特な匂いがしますよね!」

 テンションが上がり出すソフィア。

 しかし図書館ではどう過ごすのが最適解か。

 俺は周囲を見渡すとカップルで訪れている人は二組程度。その二人も本を読んで過ごしているようだ。

 俺は本を選びに本棚の前にくる。

 ソフィアも一緒に探しているようだ。

 魔導書と書かれた一冊の本を手にする。

 魔法ではなく魔導か。

 何が違うんだろうな。

 これも勉強の一貫だ。

 俺はこの国の歴史に関する本も一冊とり、手頃な席に座る。

 その隣にソフィアが座り、小声で話してくる。

「なんだか嬉しい」

 クスクスと小さく笑うソフィア。

 嬉しい、か。

 その気持ち、わかるよ。

 俺だって初めての彼女ができたときには……。

 よそう。

 あいつは俺を裏切った。俺には彼女の気持ちが分からなかった。

 俺が奥手になったのも、それが原因だ。

 二人で本を読み進めていくとあっという間に時間が過ぎていく。

 夕方になり、俺とソフィアはあまり言葉をかわすこともなく、図書館をあとにする。

「しかし、勉強になったな」

 うーんと伸びをして欠伸あくびを噛み殺す。

 ソフィアも嬉しそうに微笑む。

「良き時間でした。やはり好きな時間はあっという間にすぎるものだね」

「ああ」

 ソフィアは可愛らしい、可愛らしいがどこか影を持っているように感じる。

 気の所為せいならいいが。

 まあエルフだし、人間に対して思うところがあるのかもしれない。

 そう思い、俺はソフィアのあとについていく。

 ぐぅううと鳴り響く腹の虫。恐らくはソフィアだ。

 俺は苦笑し、こう切り出す。

「お腹も空いた。近くの飲食店はないか?」

「それならクランキー・ドッグというおいしいお店がこの近くにオープンしたようだよ」

「なんじゃそりゃ。おいしいのか?」

 こっちに来てから食べているものは硬いパンと野菜のスープくらいだ。干し肉のスープのときもあるが。

 あまり食文化の進んでいない国でもあるのだ。

 となれば料理学校とかもいいな、と国の政治を正すのに尽力する純一だった。

 噂のお店にはたくさんの行列が並んでいた。

「ずいぶん待つことになりそうだな」

「そうね。でも待つのは嫌いじゃないわ」

「どうして?」

 普通は待つのが嫌うと思うのだけど。

「その間に色々と想像して高めることができるからね」

「期待を高めるのか。なるほどな。考え方しだいでは楽しめるわけだ」

「そう! ごまダレ若鶏焼き、それにラーメノ、フレーメンの煮っ転がし……!」

 ジュルリとよだれをすするソフィア。

 ゴクリと喉を鳴らし、メニューを見やる。

 なるほど。確かに美味しそうな料理名が並んでいる。

 豚の香草焼き、串焼き、唐揚げ。

 知っているものも多い。

 そんなことを考えていると、俺たちの順番が回ってきた。

 二人がけの机に座ると、俺は何にしようか、悩む。

「どれもおいしそうだな」

「そうね。でも私はこのラーメノが気になるわ」

 あっちの世界で言うラーメンだろうか? にたようなものがあるとは。これも収斂進化というやつか。

 フレーメンの煮っ転がしを頼む。

 ソフィアはラーメノを頼む。

 しばらくしてラーメノと煮っ転がしが届く。

 箸を伸ばすと、おいしそうな匂いが立ちこめる。

 芳醇なミルクの匂いに甘辛に煮た肉が口の中でほろける。

 ちなみにソフィアが食べているものはラーメンと同じだった。

 あまり動物食を好まないエルフと聞いていたが、小麦が主成分なラーメンは好都合だったのかもしれない。

「これ、食べて」

 ソフィアは箸でチャーシューをつまみ、こちらに向けてくる。

「ああ。いいぞ」

 俺は皿を近づける――が、

「はい。あーん」

「え、ええ!」

 いつもは大人びているソフィアが子どもっぽいことをしてきたぞ!

 ど、どうする。

「……恥ずかしいから、早く」

 催促してくるソフィア。その顔は赤い。

 辱めを与えるのは男心が許さない。

 俺は反論を諦め、口を開ける。

 口の中に詰め込まれるチャーシュー。

 もぐもぐと咀嚼するが、緊張で味なんて分からなかった。

「どう? おいしい?」

 不安そうに呟くので、俺は作り笑いを浮かべ、答える。

「おいしいぞ」

「良かった~」

 ソフィアがそう言い、今度は煮卵に目をつける。

 ああ。動物性が嫌いなのだから当然か……。

「はい。あーん」

「あー」

 俺は口を開けて、近寄る。

 と、頬に熱々の煮卵が触れる。

「あつっ!」

「ご、ごめんなさい」

 なんだか元いた世界であったお笑い芸人みたいになってしまった。

 ちなみに煮卵は未だ健在。

 今度こそ、あーんをすると、やはり味が分からなかった。

「今日は楽しかった! また遊ぼうね!」

 ソフィアが嬉しそうに前を駆け回る。

 そんな彼女に何かしてあげられないだろうか?

 ふと露店で見かける本。

「これ買うか?」

 そう問うと、ソフィアが吟味を始める。

 中をぱらぱらと読んで、興奮した様子でこちらに向き直る。

「す、すごい! この本、技術が詰まっているよ!?」

 かなりテンションが上がったのか、本を大切そうに抱える。

 俺はギルを支払うと、ランスロット城へと足早に駆けていくのだった。

 茜色の空が薄闇に染まっていく。

 城内に入る頃にはすっかり日も落ち、昏くなる。

「じゃあ、私はこれで」

「ああ。ありがとうな」

 いい気分転換になった。

 このところ働き詰めだったからな。

「お礼を言うのはこっちだよ。ジュウイチ」

「そっか」

 クスクスと笑い合う今度こそ分かれる。

 少し寂しい気もするが、これでいい。

 俺はまだ誰とも付き合うつもりはないのだから――。

 というよりも、俺はまだ地球に帰れる可能性を捨てていない。

 こっちの世界が悪いわけじゃない。

 でもあっちの世界の方が性に合っている。

 そんな気がする。

 歩いていると、俺は夜空の見える中庭に来ていた。

 空を見上げると光害のない空はぎゅっと近くにあるように感じた。

 星々は地球とは違う星座を模している。

 ただ地球には近しい環境なのだろう。まん丸な月はそこにある。

 回転周期が違うのか、月の満ち欠けが違うが。

 ぼーっと空を眺めていると、遠くでドラゴンの咆哮が鳴り響く。

 どうしたというのだろうか?

 ドラゴン。

 この世界における天災級のバケモノ。

 魔物でもなく、モンスターでもなく、獣でもない。もちろん陰獣スキアとも違う。

 そんなドラゴンがこの近くにいるのだ。

 安心して眠る者などいない。

 これは討伐隊を出すしかないのだろうか。

 ドラゴンは知力が高いという。交渉できればいいが。あるいは対話で解決できるといいのだが……。

 俺が私室のドアに手をかけると、後ろ手に声が聞こえる。

「ジューイチ。ちょっといいかのう?」

 そこにはアイシアが立っていた。

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