第7話 ソフィア

 目を覚ますと、俺は見知らぬベッドの上にいた。

「いてて……」

 起き上がってみると、俺の胸には治療のあとが残っている。

 どうやら一命を取り留めたようだ。

 ふと視界に入るソフィアの姿。

 看病をしていて、うたた寝をしてしまった、というところか。

 でもクラミーがお父さんを助けられたのならいいか。

 そんなお気楽に考えていると、ソフィアが目を開ける。

 愛くるしい瞳を潤ませて、こちらを見る。

「な、な。……すまない。君を誤解していた」

 最初はテンパっていた様子のソフィアだが、謝罪をし、腰を綺麗に曲げていた。

「いや、いいって。俺は二人とも助けられたみたいだし」

「……? 二人、クラミーとやらと、ああ、父か」

 いや、俺が言っているのはソフィアのことだ。

 俺を助けてくれるなんて、案外いいところもあるじゃん。

「しかし、クラミーも貴様もなんてお人好しなんだ。この世界では生きにくいだろうに」

 ため息を吐くソフィア。

 俺は立ち上がろうとするが、それをソフィアは制する。

「馬鹿者。まだ傷口は塞がっていないのだぞ。無理をするな」

 そう言って引き留める銀髪エルフ。

 さらりと銀糸のような髪がゆれる。

「もう、危ないことはするな」

「すまない」

 俺は横になり、ふーっと息を吐く。

「俺の不運に巻き込ませてしまったな」

「なんだ。それは?」

「いや、こっちの話だ」

 不運が俺の身についているから、彼らにも迷惑をかけているのだと思う。

 そんな考えじたいが悪いのか。とにもかくにも、エルフには心労をかけてしまった。

 未だにぴりついた感覚が残っているが、俺への警戒心は前よりも格段に低くなっている……気がする。

 少なくとも籠に収めるようなことはしないのだから、少しホッとしている。

「俺は言ったぞ。薬草を採りに来た、と」

「すまない。その件は我々の不徳のいたすところ」

 まあ、これだけ謝っているのだから、許すか。

「まあ、いい。信じてもらえたのなら」

「そのことだが、しばらくはココで暮らすといい。傷口が塞がるまでは歩けまい」

 俺のことを気遣って言ってくれるのはありがたい。が、

「城の方に一人、残してきている。すまないが、早めに帰りたい」

「それなら仕方ない。一日は休んでいろ」

 そう言って小さな籠に入ったサラダとパンを渡してくる。

「お。ちょうど腹減っていたんだ。ありがとう」

 俺は受け取ると、ガツガツと食べ始める。

「……お主、私をさらってみる気はないか?」

 ソフィアが真剣な顔でそう呟くものだから、吹き出しそうになった。

 喉に引っかかり、苦しそうにもがいていると、水筒を渡してくるソフィア。

「すまない。驚かせてしまったな」

「いや、いい。しかし、どういう意味だ?」

「私は外の世界に憧れがあるのだ。でも里のみんなは許さない。掟がどうとか、ルールがどうとか。そんな中で私は優等生だった。いや演じていた」

 どうやらエルフが人を毛嫌いするのはそう言った掟に理由がありそうだ。

「しかし、今回のことで身に染みた。我々は何に怯えていたのかもわからない」

 確かに、俺もグラミーも薬草を採りに行っただけだ。それなのに、なんで嫌われているのか、わからないものだ。

「……わかった」

 その言葉を受けて、華やいだ笑みを浮かべるソフィア。

「でもお前の意思で出ていけ。じゃないと、また人間のせいになるだろ」

「あ……」

 その可能性を考えていなかったソフィア。

 結局他人に頼ってばかりいたから、自分の力を信じられない。自分の感覚を信じられない。

 外に出る。

 それだけで奇異の目を向けられるのが怖いのだ。

 自分を信じていないから。

 なら、その気持ちにケリをつけるべきだ。

「お前は独り立ちするべきだ。里の掟に甘えてきたお前には難しいかもだが」

「甘えていたわけじゃない!」

「じゃあ、なんだ?」

 掟やルールだから。そう言い切ってしまえば、楽だろう。その本質を考えもせずに。

 だから一人でいる方が楽になってしまう。本来仲間というのは寄り添うことのできる家族であるはずなのに。

「ぐぬぬ……」

 わかりやすく反対しようとしているが、その様子だと図星だな。

「そうですよ。私は甘えていました。だから世界を知りたいのよ」

「だったら、自分で話をつけるべきだ。何があっても後悔しない。それが大事なんだ」

 たぶん。そうだと思う。地球で学んだ二十数年間。それは決して無駄ではなかった。会社に務め、倒産し、疫病神扱いされてきた俺も、こっちでは役立つはずだ。

 ……たぶん。

「……わかったわ。私も自分の意思で生きてみせるわ」

 それでいい。

 俺は自立したときに気がついた。自分がしっかりしていなくてはあとでなんとでも言えるのだ。それで他人のせいにする。そして、いつしか他人が憎くみえてくる。

 そんなんだから俺は独りぼっちになったのだ。

 思っていて悲しくなったので、話題を変える。

「そうだ。俺が死にかけたということは」

 ステータスを呼び覚まし、スキル一覧を見やる。

 【不運Lv.99】【能力を増やす能力Lv.4】【幻惑魔法Lv.5】【反転】【神頼みLv.1】


 ……。


 神頼み?


 ……え。これってなに?

 タップして調べてみる。

 【神に祈ってください。さすれば道は自ずと開けます】

 なんだか怪しい宗教を勧められている気分だが、俺は実際に使ってみた。

 心の中で【神頼み】と願う。

「なんだ? ジュンイチ。何を願っているんだ?」

 ソフィアは小首をかしげ、疑問符を浮かべている。

 しかたないだろ。このポーズをしないと、神様に祈っている感ないだろ。

「……しかし、何も起きないな……」

 スキルとはこんなにも使い勝手が悪いものなのか。

 これなら女神に会ったとき、もっとちゃんとした能力を選ぶべきだったな。

 果てしない後悔をしたあと、ソフィアは出ていく。

「しっかり静養しなさい。それまでは外出禁止!」

 きつめの言い方だが、それでも俺を思っての発言。

 しかし、いいところだよな。ここ。

 砂時計のような形をした樹木をくりぬいてできた生活スペース。そして植物の頭の部分には水たまりができており、ときおり水を排出しており、それが窓から眺めることができる。そんなときはまるで滝のように見える。

 なんだろう。この里には神秘的なことで溢れている気がする。

 流れ落ちる滝に集まる光る虫たち。蛍のように綺麗に光っている。

 もふもふの白い毛玉のような生物が空を飛んでおり、時々虫をついばんでいる。

 精霊みたいな蝶々のような羽を生やした丸い生物もいる。

 ときおり、この部屋にも精霊や毛玉が迷い込んでくる。

 毛玉はそのまま抱くと、柔からいクッションのようで抱きしめるとホッとする。

「ジュンイチ。今後の予定だけど」

 ドアを開けるソフィア。

「ま、待て!」

 俺は慌てて毛玉くんを離す。

「……おやおや、そうとう気に入ったのかい?」

「う、うっせー」

 俺は目をそらし、小さく呟く。

「あれはパルノンという生物だな。弾力性があり、毛糸をとるために里で飼っているんだ」

「へ、へぇ~。飼えるのか?」

「綺麗な水があれば、ね」

 近寄ってくるソフィア。

「包帯を変えるよ。さあ、上を脱いで」

「え、ええ!」

 俺は驚きのあまり飛び跳ねる。

「何よ。最初に傷を手当てしたのも、私よ。今更恥ずかしがる必要ないじゃない。むしろ良いがたいをしていて、筋肉フェチに私には……」

 ぐへへへと笑いを浮かべているソフィア。

 最初の印象とだいぶ変わったな。

 最初はしっかり者で抜け目ない真面目な性格だと思っていたが、砕けてみるとそうでもないらしい。

 凜とした声音は変わらないのだがな。

 人間は70%が第一印象で決まるというが、その考えを改めないといけないな。

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