第5話 クラミー

 俺が目を冷ましたのは朝焼けに照らされてからだ。

「もうどこにもいかないでおくれ」

 泣きながらしがみついてくるアイシア。

 俺は死んだはず。なのにどうして?

 疑問符が浮かび上がる。

「まさかアイシア。俺になにかしたのか?」

「そうじゃのう。蘇生の魔法をかけたのじゃ。許しておくれ」

 まさかの展開に俺は驚きを通り越して若干引いていた。

 俺死ねないんだ。それが少し寂しくもある。

 人ならざる力を手にしたとき、人はどうなるのだろうか。

 不安と猜疑心が芽生え始めたのはこの頃からだ。

 それにしてもあのモンスターは?

 頭を巡らせると、地に伏したモンスターのむくろを見つける。

「あやつなら、わしが倒した。やつがお主を餌にしようとしておったからのう。随分と隙だらけじゃったわい」

 食われていた? 俺が?

 そんなの恐怖でしかない。

「今日は一時撤退じゃ。明日以降もよろしくじゃ」

 にへらと笑うアイシア。それが若かりし頃の残像と重なる。


 町外れの宿舎、そこの馬小屋に泊まると、俺とアイシアは作戦を練っていた。

「まずは城の見取り図がほしいのう。それもとびっきり最新のものを」

 どうやらアイシアがあの城を訪れてから、随分と様変わりしたらしい。

 それに俺の新しいスキル【反転】。タップしてみると【反転する】としか書かれていなくて、使い所がいまいち分からない。

 そんな俺を励ましてくれたのはアイシアだ。


「さて。こちらも手勢を増やさなくては、のう」

 そう言ってアイシアは薬の調合を始める。

「お主、これを取ってきてはくれまいか?」

 俺に地図を差し出すと、からからと笑うアイシア。

 その地図には森の奥へ続く道と、そこにある薬草が記載されていた。

「行くのはいいが、危険じゃないのか?」

 はっきりって俺は大した能力も、スキルもない。

 そんな俺に危険な場所にいかせようとするのは何故だ。

「わしは薬の調合で忙しい。あと半日もあればお主ならやり遂げるじゃろうて」

 またもやからからと笑うアイシア。

「俺の不運をなめてもらっては困る。辿り着く前に死ぬぞ」

 本音を語ったまでだが、気にかけるようすがない。

「お主なら行けるじゃろうて」

「ちっ。分かったよ」

 そこまで期待されたら断れるわけがない。

 俺は身支度を整えると、背嚢に干し肉とパンを詰め込み、裏のドアから森の中へと歩み始める。

 ひたすらに歩いていくと開けた道へと出る。

 どうやら街道に出たらしい。だが、行くべき道は街道から外れてさらに森の中に進む必がある。

「「よし!」」

 俺が声を張り上げると隣に鎮座している岩の向こうからも鈴を鳴らしたような声があがる。

 岩の影に隠れていた女の子が飛び出してくる。

「わたしクラミー。あなたもこの森にようがあるの?」

 クラミーと名乗った女の子は見覚えがあるが、どこで出会ったのか、思い出せない。

 炎のように紅い髪をなびかせて、真紅のドレスみたいな戦闘服に身を包んでおり、くりくりとした瞳も真っ赤だ。

 一見勝ち気そうに見えるクラミーだが、その声は鈴を鳴らしたように可愛い。

「俺は薬草を取りに行くだけだ」

「なら一緒に行こ? この森エルフが出るって言うし」

 エルフ? それはご拝見したいものだ。実際のエルフには憧れがある。

「いいじゃないか。会ってみたいものだ。エルフには」

「……!」

 驚いたような表情を浮かべるクラミー。

「なんだ。おかしなことを言ったか?」

「いやだって。エルフって言ったら森を守るためならなんでもする悪魔って印象だから。殺されるかも」

 嫉妬でも恨みでもない声に、目をパチパチさせる。

 マジで? そんなに危険なの?

 そんな相手に俺、堂々と会いたいと言ったか? どんだけ死にたがりなんだよ。俺。

 にじみ出た不安を読み取ったクラミーが慌てて手をふる。

「だ、大丈夫。この時間ならエルフも森の中でお休み中だよ!」

 明るく務めるクラミー。

「もう昼前なんだが?」

「ええと。たはは……」

 乾いた笑みを浮かべるクラミー。

 優しい嘘を砕いたことに、若干の気まずさを感じる。

 再び歩き出す俺とクラミー。一緒の道を歩いているようで、俺は少しホッとした。

 一人でおつかいさせられたときはどうしたものか、と思っていたが、クラミーと一緒にいると落ち着く。

「なんでこの道を行く?」

「そこに薬草があるからよ」

 俺と目的が一致していた。

「それってこれか?」

 俺は地図に載っている絵を見せる。

「そうそう! これ!」

 クラミーは食いつき、嬉しそうに微笑むのだった。

「しかし森が深くなってきたな」

「エルフさに見つかりませんように。エルフさんに見つかりませんように」

 ブツブツと念仏を唱えているクラミーを引き連れて、俺は丘を超える。開けた大地が広がっている。

 そこにはたくさんの花が敷き詰められており、青、黄色、白のコントラストが彩り豊かに咲いている。

 近くには川も流れているのか、川のせせらぎが聞こえてくる。

「わーキレイ!」

 知能指数の少なくなったクラミーが頬を緩ませる。

 髪をかきあげ、花を眺める。

 すると矢が飛んでくる。

「ひゃ!」

 驚いたクラミーがのけぞり、尻もちをつく。

 俺は矢の飛んできた方角に目を向ける。

 そこにはエルフたちが五人はいた。

 腰に携えた短剣に、弓とや束。

 真ん中の子は俺たちと同じくらいで、くすんだ緑色の衣服をまとっている。

 銀髪に尖った耳、蒼い切れ長な瞳。りんとした声音と態度。胸は薄くそれ以外は女の子らしい体型と言えよう。

「エルフ族……!」

 クラミーは泡を吹きそうになるを必死でこらえている。

「これ以上、この土地を荒らすものが現れれば容赦はしない! そう告げたはずだ!」

 凜とした声音が響き渡り、草木を揺らす。

 銀髪のエルフが弓を構えながらじりじりと近寄ってくる。

「勘違いするな。俺たちは薬草を採りに来ただけだ」

「そ、そうなんだよ。だからちょっとだけここを通らせて、ね?」

 怯えきった表情でも、しっかり伝えるクラミー。

「そういってこの森を荒らしたものは数多い。見過ごせるものか。お前らは害悪だ」

 銀髪のエルフが勝ち気そうな顔で言う。

「うっさいな。本当のことを言っているんだから通してくれよ」

 つい口が滑った。

 だがもう遅い。

「な、何を!」

 銀髪エルフの怒りを買ってしまったようで、肩をふるふるとふるわせている。

「貴様ら! 捕まえて、こってり絞ってやる!」

 銀髪エルフの合図により他のエルフが動き出す。

 あっという間に周囲を囲まれ、逃げ場を失う。

 そして縛り上げられる。

 手足を拘束され、目隠しをされたクラミーと俺は連れていかれた。


※※※


 兄さん、どこにいるのかしら?

 あたしは一人荒野をさまよっていた。

 見慣れない土地、見慣れない世界。

 サボテンのようなものがぴょんぴょんと跳ねている。その隣で別のサボテンがロックンロールをかましている。

 砂蛇がとぐろを巻き、シャーシャー言っている。それを捕まえるスナネコ。

 砂漠らしい、というのはわかっていた。あの女神ノルンと言ったか。全然信用ならない。

 なぜあたしをこんなところに転移させたのよ。

 泣きたくなる思いを胸に荒野を再び歩き出す。

 水が欲しい。

 喉がカラッカラだ。

 サボテンでも切って水を確保するかな?

 そう考えていると、サボテンたちは勢いよく回転運動を始めて、地中に潜る。

 いや、この世界のサボテン、どうなっているのよ。

 あたしは冷や汗を掻いて、砂に足を取られる。

 歩いても歩いても、砂ばかり。

 こんな生活はいやだ。

 早く兄さんに会いたい。

 会ってちゃんとお話したい。

 あたし、こんなに兄さんのことが好きだって、ちゃんと伝えたい。

 そしたら、兄さんはどんな顔をするかな。

 驚くだろうな。

 くすっと笑みが零れる。

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