第3話 タップする。

 スキルをタップすると、詳しい能力の説明があることを知った。

 だから俺はまず【不運】をタップしてみる。

 【不運・不幸なことが起きる】

 それだけか。解除方法とか、抑える方法もないらしい。

 次に【能力を増やす能力】をタップする。

 【死にかけた時、能力が増える。能力はランダムで付加される】

 マジか。死にかけた時にしか増えないとか、マジでクソゲーだな。

 しかし死にかけか。そう言えばあの毒物のせいか。解毒薬がなかったら本気で死んでいたのか。

 死を実感すると身震いをする。

 いや、一度死んでいるんだけど。でもな。怖いんだよ。死にたくなんかないんだよ。

 水の音がする。そういえば、喉が渇いたな。

 俺は音のする方へ歩いていき、裏に流れる川にたどり着く。

 だが、そこには意外な光景が広がっていた。

「きゃっ! な、なにをみとるんじゃ! 痴れ者!」

 アイシアの老婆姿にため息を漏らす。

 見たくないものを見た、と。

 そこに鉄拳が突き刺さるのはすぐだった。

「乙女の柔肌を見るなんて!」

 俺は見たくもない姿を見て、さらには拳まで振るわれるとか。どんだけ不運なんだよ。

 アイシアは不機嫌そうに呟くと、衣擦れの音を立てて、茂みから顔を覗かせる。

「……ちとやり過ぎたかのう?」

「ああ。やり過ぎだね」

 俺は膨れた頬を撫でて、立ち上がる。

 さすがに死とはほど遠いからスキルがもらえる訳じゃないしな。

 九十くらいの老婆の裸を見て興奮することもないしな。

「ジューイチはわしの裸を見て興奮しておったようだしな」

「してないぞ。勝手にねつ造するな」

 俺は突っ込みを入れると、川の水をみる。

 飲んで、大丈夫なんだよな? アイシアも水浴びをしていたみたいだし。

「お。その水は飲まん方がいいぞ。寄生虫がいる」

「マジか!」

 アイシアは水筒を差し出してくる。

 それを受け取り、逡巡したあと、アイシアに勧められ水を飲む。

「ありがとうな!」

「いいのじゃよ。気にせんと飲めい」

 アイシアは目を細めて嬉しそうに言う。

「いや~。久々に人と暮らすのは大変じゃのう」

 暖炉のそばにある椅子に座り、笑みを浮かべている。

「そうかい……」

 家族と離ればなれになった気持ちは十分にわかっていたはずなのに、アイシアのことは考えてあげられていないな。

 後悔と恥じらいを覚えた俺は、アイシアのそばによる。

 正直、ばあちゃんとしか思えないが。

「俺はお前を見捨てたりはしない。安心しろ。その……、こうなったら一蓮托生だ。お前が元の姿に戻るまで手伝ってやる」

 パアと明るい顔になり、笑みを零すアイシア。

「うん。ありがと! じゃ」

 死の淵で見た彼女と顔が重なる。

 やはり、あれは。

 しわくちゃになった顔を触り悲しそうに目を伏せるアイシア。

「お主も、若い娘の方が良かったじゃろうに」

 慈愛と後悔に満ちた瞳をこちらに向ける。

 すると羨望に似た顔を向けてくる。

「わしが元に戻ったら、お主を楽にしてやるのにのう」

 イヒヒと意地の悪い笑みを浮かべるアイシア。

「しかし、この計画がうまくいったら、若い姿に戻れるんじゃないか?」

 アイシアが提案した作戦を見て俺はうんうんとうなづく。

「して。もし本当に若返りの杖があるなら、じゃよ」

「でもお前のスキルも相当なものだろ? これで突破できるだろ」

 何よりも、俺がこの老婆と別れられると思い、喜んでいるのだ。

 正直なんの目的もないが、ランスロットにざまぁと言いたい。それだけだ。

 幻覚魔法とやらでそれが実現できるのなら、たやすいもの。

 俺はしばしのアイシアとの時間を過ごすことにした。


 決行は今日の夜。

 警備の手薄になる瞬間を狙う。

 俺の幻覚魔法でアイシアを美女に見せる。そして門番を突破し、王国内に侵入するのだ。

 王国内に侵入してからは内情を探り、奴隷と入れ替わり、城の宝物庫を探る。

 この作戦がうまくいくといいのだが。

 まあ、俺ならいけるでしょ。

 謎の勇気が沸き立ち、俺は鼻歌交じりに風呂に入る。

 暖かなお湯に身を清めると、俺は石けんを手にする。文明レベルはけっこう高いのかもしれない。

 だが、魔法がある以上、地球とは違うらしい。

 収斂しゅうれん進化と呼べるほどに文明レベルはあるのだ。

 風呂から上がると、タオルを巻き付け、水をあおる。

「アイシア。俺の服ってどうなっているんだ?」

「こ、これを着ておくれ」

 初々しく頬を赤らめ、衣服を差し出してくるアイシア。

 それに着替えると、アイシアはプシューッと音を立てて頭から煙りを立ち上らせているように見えた。

 どうやら男性に耐性がないらしい。

 ナッツをかじると、俺はアイシアの風呂を待つ。

 風呂から上がったアイシアは古着を着ており、しゃれっ気がない。

「少しはおしゃれをしたらどうだ?」

「何を今更。わしの好きにさせておくれ」

 アイシアは不機嫌そうに呟くと、暖炉前の椅子に腰掛ける。

「しばらくしたら作戦を決行するぞい」

「へいへい」

 ぶっきらぼうに答えると、俺は少しソファの上で横になる。

 机の上に置かれた蝋燭ろうそくの火がほのかに揺れる。それ一本で周囲を照らしているのだ。

 暖炉前のを含め椅子が三つと、机が一つ、それにソファとベッド。

 ぎぃぎぃと音を立てる暖炉前の椅子がむなしく鳴り響く。

「さて。そろそろいくかのう?」

「だー。わかったよ。俺も腹をくくってやるさ」

 これまで逃げたいと思ったのはいくつでもあるが、今は頼みの綱がアイシアしかいないのだ。

 それにこっちで食べられるもの、働けること。そう言ったものが全然わからないのだから、仕方ない。

 今の俺なら宿屋で、食事でぼったくられるに決まっている。

「行くぞ」

 アイシアの力強い声を頼りに、俺はソファから立ち上がる。

 真っ直ぐに城壁に向かう。

 近くの茂みに入り、俺とアイシアは幻覚魔法を使う。

 空気中に漂うマナを吸い込み、身体に吸着。変化した姿は絶世の美女とその執事。

 ちなみに美女は恋人だった波瑠に化けている。

「夜分遅くにすみません」

 城門を守っている兵士に近づく。

 俺はその隣で静かにたたずむのみ。

 あとはアイシアがやってくれる。

 にこりと微笑むアイシアを見て、兵士がうろたえる。

「あー。すみません。今開けますので」

 嬉しそうに自分から門を開けようとする兵士。

 と、俺の目の前にボトボトと何かが落ちてくる。それは門が上に上がったことにより降り注いだのだが。

 ムカデやダンゴムシ、Gと、気持ちの悪い虫が俺の頭の上に降り注ぐ。

「ぎゃ――――――――っ!」

 俺は思いっきり叫び、振り払う。

 集中力の切れた俺の魔法が解けて、俺とアイシアは元の姿に戻る。異世界人と老婆に。

「貴様ら! 何やつ!」

 カンカンと鳴り響く鐘の音。

「マズい! 水よ、地母神ちぼしんよ。流々りゅうりゅうたる水魔すいまの向こうから押し寄せたまえ。放て! 水流弾すいりゅうだん!」

 詠唱を終えると、兵士に押し寄せる水の本流。

 流し終えたあと、俺とアイシアは途中で止まった門をくぐり、王国内に侵入する。

「侵入者だ。泥闇どろやみの魔女だ~!」「泥闇だと!」「きたか!」

 俺とアイシアは近くの空き家に侵入すると呼吸を殺し、見届ける。

「泥闇の魔女……?」

 小さな声でささやくように訊ねる。

「わしの通り名じゃ。気にせんでいい」

 声を押し殺してしゃべっていると、兵の一人がこちらの空き家に向かってくる。

「おい。いたか?」

 他の兵士が近寄ってきた兵を呼び止める。

「いや、でも物音がしてな」

 俺とアイシアはその隙を狙って別の道から逃げ出す。

 城下町は入り組んでおり、一本路地裏に入るだけでも、迷宮になってしまうのだ。

 人は『人工迷宮・フラナ』と読んでいるらしい。

 そんなところに不運の俺が行ったのだから、当然迷ってしまうわけだ。

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