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 長い手足が、リボルバー・ジャックの体に巻き付いた。首と足が極められ、身動きが取れなくなる。苦悶の表情を浮かべるジャックは、左手を上げてタップをしかけて、やめた。それを見たロンドンブリッジ・CBは技を解くと、右足首と首に手を回してアルゼンチン・バックブリーカーに抱えた。そして何回か揺すった後、フェイスバスターでマットに叩きつけた。抑え込まれたジャックは、全く動けない。

 スリーカウントが入り、CBが勝利した。



ロンドンブリッジ・CB 〇 12分51秒 ジェントルマン・ボム→体固め ×リボルバー・ジャック



 大方の予想を裏切る結果に、会場は大歓声に包まれた。

 CBは多くのインディーズ団体で大活躍しており、メキシコ仕込みのルチャと豪快な投げ技ができる、今大注目の選手だった。ちなみに見た目はほぼ日本人であるが、イギリス人であると言い張っている。

「皆様、初めまして。ロンドン生まれの紳士、ロンドンブリッジ・CBです。環日本プロレスをイギリス領にすべくやってきました」

 CBはそう言うと丁寧にお辞儀をした。

「今日は手始めにアメリカ出身のジャックを支配しましたが、次は日本です。マスダを支配したいところですが……タッグのベルトも必要ですね。そこで、一人日本人をスカウトしたいと思います。名誉イギリス人としてね」

 音楽が鳴り、スポットライトが花道を照らした。その曲に、観客が騒然となる。スーツにシルクハットをかぶった巨体の男が、花道を進んでいく。

「我が同志、大鯱銀河! 宇宙にとどろく名を冠した最高の相棒だ」

 リングに上がった大鯱は、ゆっくりと頭を下げて、CBからマイクを受け取った。

「今日より俺は日本人を捨てる。イギリスのため、CBのために、この環日本プロレスを支配する」

 こうして大鯱は、ヒールユニット「The Truth of Universe(TTU)」に参加することになったのである。



 ツアーを終え、久々に自宅に戻ってきた大鯱はビールを飲みながらテレビを観ていた。千秋楽、十両の後半戦、沙良星が土俵に上がったところだった。

 ヒールになる。プロレスラーが自分を変えるには、最もありがちな方法である。最初CBから誘われた時は、すぐに返事をすることができなかった。当然だが、相撲には意図的なヒールはいない。プロレスに入っても、「悪役になる」という発想はなかった。結果的に「塩レスラー」と呼ばれ、ベルトを獲ることでファンたちを裏切ることにはなった。しかし試合内容も認められつつある今なら、根本的に変えられるかもしれない。次第に大鯱はそう考えるようになり、ヒールターンを決意したのである。

 これから何が起こるのだろう。大鯱には想像もつかなかった。

 沙良星は立ち合いから鋭く当たり、そのまま相手を押し出した。やるじゃないか、と思ったが、成績は芳しくない。



沙良星(6勝9敗)〇 押し出し × 須磨疾風すまはやて(7勝8敗)



 番付的には、来場所は十両の一番下あたりになるだろう。そこまでの力士なのか。

「僕は変わるぞ。君はどうする?」

 大鯱は、画面の中の男に問いかけた。

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