第10話 壊れ物ー2

 車からじいちゃんとばあちゃんの家に、俺の荷物を運び入れる。といっても、着替えと洗面用具しかないが。用意してくれた部屋にボストンバッグを置くと、ばあちゃんが部屋にやってきた。


「晶ちゃん実はここ、恵が使ってた部屋でベッドとか机とか前のままなの。配置とか気になるようだったら、好きに動かしていいからね。それより、本当に今から学校に行くの? 昨日より顔色は良くなってるけど、やっぱり病院に行ったほうがいいんじゃないかしら」

「大丈夫だって。それに、水影みかげにノート借りっぱでさ、課題が出てる教科だから早く返さないといけいないんだ」

「......分かったわ。でも、少しでも体調が悪くなったらちゃんと保健室に行くのよ、約束よ?」

「うん、約束。それよりばあちゃん、俺着替えの方を先に片付けたいから歯ブラシとか洗面所に持ってって貰ってもいい?」


 俺はボストンバッグのサイドポケットを開けて、中からキャップを付けた歯ブラシと使いかけの歯磨き粉を取り出し、そのままばあちゃんに手渡した。ばあちゃんがそれを持って部屋を出ていくのを確認すると、俺は持ってきた洋服を箪笥の中に入れていく。箪笥が四段に分かれていたため、下着、シャツ、ズボンの順で入れていき、一番下の段にはお出かけ用の紺のショルダーバッグと空になったボストンバッグをしまった。外出はあまり好まないため、ショルダーバッグをここに居る間に使うことがあるのかどうかは分からないが、一応持ってきたのだ。


 全ての荷物を片付け終わり部屋の中を見渡すと、残された家具には女の子の部屋というのが一目でわかる配色の物が多かった。ピンクのティッシュケースに黄色のカーテン、それに水色の猫のぬいぐるみにオレンジのベッドカバー。特に嫌いな色とかではなかったから、そのまま使わせてもらおうと思う。わざわざ新しいものを用意してもらうのも申し訳ないしな。


 俺は来ていた制服のポケットの中にスマホが入っていることを確認すると、部屋を出て一回の玄関に向かった。そこには通学用のリュックとばあちゃんが急いで作ってくれたお弁当が置かれていた。お弁当をリュックにしまうと、俺は居間にいたじいちゃんとばあちゃんに声をかける。


「じいちゃんばあちゃん、行ってきます」

「待て、昌。送ってく」

「え、でも......」

「いいから、行くぞ」


 じいちゃんはそう言って、居間の入り口に立つ俺の横をすり抜けていった。手には車のキーが握られている。先に外に出るじいちゃんの後を追い、俺は荷物を持って外に出た。荷物を持ったまま後部座席に乗り込み、車は発進した。玄関でばあちゃんが手を振っていたので振り返す。俺はじいちゃんの車に揺られ流れる家々を見ながら、昨日のことを考えた。俺を保健室まで運んでくれた相手にお礼をしなければならない。最初に声をかけてきた方は分かっているが、もう一人は一体誰だったんだろうか。歩いているときに見えた制服でスカートを履いていたから、女子だというのは分かっている。学校に行ったらあいつに聞けばいいか。


 コンビニを通り過ぎ五件ほど家が流れると郵便局が現れる。いつもとは違った外の景色が流れる様子は、ほんの少しだけ胸に開放感を与えた。十分ほど揺らされていると、校門が見えてきた。車は校門を通り抜け、昨日車を止めていた場所に駐車した。


「ありがとう、じいちゃん」


 そう言って車を降り、校舎に向かって歩き出す。スマホの時間を確認すると、十一時を指していた。もう三時間目は始まっている。校舎の中に入ると、蓋のないタイプの下駄箱に外履きをしまい上履きを取り出した。それを履いて俺は職員室に向かって歩き出した。


 職員室で遅刻届を受け取ってから教室に行き、俺は先生に遅刻届を提出して席に着いた。俺は筆記用具を鞄から、教科書とノートを机から取り出して板書を始めた。


 授業が終わって、次の授業の準備をロッカーに取りに行く。それが終わると、俺は昨日貸してもらったノートを持って席を立ち水影に声をかけた。


「鎗本、ちょっといい?」


 ざわつくクラスメイト。水影は眉をひそめた後、俺の左腕を掴んで廊下へと歩き出した。大股で歩く水影の後ろを必死について行くと、1組の教室の隣にある空き教室へと連れてこられた。水影は教室のドアを閉めると、俺に向きなおり口を開いた。


「悪いな、急に腕を引っ張ったりして。あのクラスの感じだとお前が話しにくくなると思ったんだ。それで、何の用?」

「いや......えーっと、昨日借りたノートがそのまま鞄の中に入れてあったから、返そうとしただけなんだけど......」

「そっか......」


 俺は持っていたノートを水影に差し出すと、すぐに受け取ってくれた。目的を達成した俺は「それだけだから」と言ってきた道を引き返そうとした。だがそうした瞬間、昨日のお礼をまだ伝えていないことを思い出し、すぐに水影の方に振り返りその目をまっすぐに見た。


「......は......ぶなのか」

「え?」

「その、今日は体調大丈夫なのか?」

「あー、うん大丈夫。それより昨日は保健室まで連れってってくれてありがとう」


 俺は水影に笑いかけた後、教室のドアに手をかけて今度こそ廊下に出ようとした。ガラガラと教室のドアを開けると、そこには少し身をかがめ驚いた顔をした紫崎さんと八雲さんが立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る