第5話 表情

 夕暮れの太陽を目に収めながら俺は帰路についていた。谷口先生にお弁当箱を返し、昇降口に人がいなくなるタイミングを見計らって急いで学校をでた。そのため、額をつたう汗が気持ち悪い。汗を腕で拭いながら、人通りの少ない道を歩いていると、時々虫の大軍を見かけては避けて歩いていく。ようやく人通りのある道に出ると、スーパーの前に差し掛かった。そこで俺は冷蔵庫の中が空っぽだったことを思い出し、鞄の中から財布を取り出し中を確認する。中には一万円札が一枚と小銭が少しある。これだけあれば食材を十分に買うことが出来るだろう。


 スーパーの中に入ってまずは野菜コーナーから見ていく。いろんな料理に使える野菜を優先してカゴに入れ、生でも食べられる野菜をいくつか手に取ってみる。俺は野菜の鮮度の見分け方を知らないから、とりあえず見た目が綺麗なものから取っていくことにした。後は、肉や惣菜。これはできるだけ安いものを買う。もう買いたいものが思いつかなくなるとレジまで行ってお会計。この時間帯は夕飯の準備をするための買い物をする主婦で混雑していた。人の熱気で汗をかきそうだ。


 ようやく自分の番になり、財布とマイバックを取り出して金額が出るのを待った。会計中は暇になるため、店員の顔を見ていると機嫌が悪そうな表情をしていた。会計を待っている間、店員の動きや顔をじろじろ見てしまうのは仕方ない。レジを打ってくれているのは男性店員だったが、俺は彼の「八雲」と書かれた名札に目を止める。珍しい苗字な為に転校生の八雲さんを思い出す。親戚なのだろうか、それとも兄妹? 顔はどことなく似ている気もする。不機嫌そうな表情も。そんなことを考えながら会計をするも、あの店員のことが気になってしまった。八雲さんに聞いてみようか。いや、そんなことを聞くほどの仲じゃないだろう。それに、ちょっとお話したくらいの相手に「お兄さんいる? この間スーパーで八雲さんに似た店員を見つけたんだよね」なんて言われても、だから何だって思われるだろう。別にそんなことを知っても意味なんてないしな。これから関わることなんてほとんどないんだから。


 家に帰ると、庭からリビングに明かりがついているのが見えた。鞄からスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。ばあちゃんから今日の夕方、家に来るとメッセージが届いていた。それを確認してから家の中に入ると、リビングからばあちゃんとじいちゃんが出迎えてくれた。誰かからお出迎えされるのは久々で、少しだけ心がふわふわしている。


「昌ちゃん、今日はお鍋でもいい? 白菜が安かったからいっぱい買っちゃったのよ」

「夏に鍋......別にいいけど、ネギも入れてね」

「豆腐も多めに頼んだぞ」

「はいはい、ちゃんと二人の好きなものも入れるわよ。それよりも、昌ちゃんはお風呂に入ってきなさいな。お外暑くていっぱい汗かいたでしょ」

「うん、入ってくる」


 俺はスーパーで買った食材をじいちゃんに預けて自分の部屋に向かった。部屋着と下着を持って風呂場に行き、シャワーを浴びる。お風呂から上がるとばあちゃんがテーブルの上に鍋と他のおかずが並べていた。俺は準備をしてくれたばあちゃんにお礼を言い、リビングでテレビを見ていたじいちゃんに声をかけた。


「じいちゃん、ご飯できたって」

「ああ、もう風呂上がったのか」


 じいちゃんは腰をさすりながらゆっくり立ち上がり、一緒にばあちゃんの元へ歩いていく。久々に家で誰かと食卓を囲めるのが、実は楽しみだったりする。母さんと父さんがいるときは必ず三人で食卓を囲むようにしていた。今日はじいちゃんとばあちゃんだけど、今度は二人入れて五人でご飯が食べられたらいいのにな。


 俺とじいちゃんが座ると、三人で鍋に箸をつける。白菜、ネギ、豆腐、玉ねぎを順番に食べているとばあちゃんに話しかけられた。


「そういえば昌ちゃん、今日は学校に行ったみたいだったけど、どうだった? 最近元気がなかったのに、全然様子を見に来られなくてごめんね」

「気にしなくていいよ。二人とも仕事あって忙しいんでしょ。俺は独りでも大丈夫だから」

「そう? 何かあったらすぐに連絡して頂戴ね。それにしても、昌ちゃんが学校に行けるようになって良かったわ」

「......うん、そうだね」


 ばあちゃんの話に他人事のように頷いた。俺のことを心配してくれていた人に失礼だったかもしれない。学校を辞めようと思っている自分が謎の罪悪感に責め立てられた。この様子では、相談もできなさそうだ。

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