第5話「や、ヤクザ!? 裏のご職業的な自己紹介じゃなくて、できればあなたのお名前を教えて欲しいかな?」

「ちょっと遠慮したいかな」


 プチ女性恐怖症の俺は当然やんわりとお断りしたんだけど、女の子は俺の答えを華麗にスルーしてにこやかに話しかけてきた。


「ねえ、もしかしてあなたって大学生?」

「あ、ああ。そうだけど……」


 話しかけられて答えないというのも、それはそれでかなり感じが悪いので──俺は根っからの小心者なのだ──俺は最低限の言葉を返す。


「この辺りに住んでるってことは阪大だったり? スーツを着てるけど、もしかして今日の入学式に出てた?」


「え? その言い方って、もしかしてそっちも阪大生なのか? っていうか、もしかしなくても新1年生?」


 しかし女の子の発したその言葉に、俺は否応なく反応してしまった。

 ――というのもだ。


 今日の入学式で俺は完全に腫れもの扱いをされていて、会場の誰一人として視線すら合わせてはくれなかった。


 空席を2つ挟んだ『隣』の席の男子なんて、ずっと俺の反対側を見続けていて『絶対に話しかけないでください』オーラが出まくっていた。


 そんな孤独な俺に、この女の子は向こうからコミュニケーションを取ろうとしてくれたのだ。

 しかも社会人かと思ったら、同年代でしかも同じ大学ときた。


 この突然舞い降りた奇跡のような偶然の出会いを前に、プチ女性恐怖症と、大学をボッチで過ごさなくてはならない恐怖が、心の中で激しい死闘を繰り広げた結果。


 後者がほんのわずか、タッチの差で勝利したのだ。


 俺は顔が怖い以外はいたって普通の10代学生なので、友達くらいは欲しい。

 昼ご飯をトイレの個室で1人悲しくぼっち飯するのは嫌だった。


「やっぱり! スーツの着慣れてない感がすごいから、そうだと思ったの! 私も新1年生なの。文学部。そっちは?」


「俺は法学部だよ」


 女の子と話しているせいで少し胸が苦しくなりながらも、俺はこの機を逃すまいとなんとか会話を続けていく。


 ここで会話を上手く運ぶことができれば、一発逆転で入学初日から大学の友達ができるかもしれない!


「じゃあ同じ豊中キャンパス(*)だよね。私、桜小路明日香(さくらのこうじ・あすか)。よろしくね」


「よろしく、桜小路さん」


―――――――

(*作者注) 大学は高校までとは違って、学部によってキャンパスの場所が何十キロも離れていたりするらしいよ(*'ω'*)b

―――――――


「ごめんなさい、実は名字はあまり好きじゃないの。できれば明日香って呼んでくれると嬉しいかな」


 なんだろう?

 名字が嫌いってことは、家がワケアリってことなんだろうか?


 桜小路って名字は、俺みたいに反社会的なアレを連想するようなわけでもない。

 むしろ古風で由緒正しい感じがする。


 ってことは――勝手な想像だけど――シガラミとかシキタリとか面倒な束縛があったりするんだろうか?

 とびっきりのS級美少女なところは別として、内面的には普通の女の子に見えるけど、裏では色々と苦労しているのかもな。


 それが気にならないといえば嘘になるが、さすがに会ってすぐに聞けるような軽い話題でもない。


 俺はプライベートについて深く追求することはせずに、降って湧いた出会いのコミュニケーションを続けることにのみ意識を割く。


 恥ずかしながら、俺は何がなんでもこの女の子──桜小路明日香さんと友達になりたかった。

 このチャンスをものにしたかった。

 大学での友達がすごくすごく欲しかった。


 一人は……嫌だから。


「じゃあ明日香って呼ぶな。俺は薬沢やくざわ――」


「や、ヤクザ!? 裏のご職業的な自己紹介じゃなくて、できればあなたのお名前を教えて欲しいかなって、思うんだけど?」


 俺の名字を聞いた明日香が、驚いたように目を大きく見開くと、ビクッと肩を震わせた。

 俺が自己紹介すると多くの人が見せる、これまた見慣れた反応だ。


「そうじゃなくて、『薬』の『沢』って書いて薬沢やくざわ薬沢やくざわ良太が俺の名前なんだ」


 なので俺の返しも慣れたものだった。

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