いちいち距離が近い廿楽あいかはロボットである

恋2=サクシア

廿楽あいかはロボットなのか? 1/6話

「次は廿楽つづらあいか。彼女はロボットだ」

「………………え? なんだって?」


 耳を疑うような言葉に、思わずページを捲る手を止めてしまった。


 顔を上げた瞬間、五感が現実へと引き戻される。


 今現在ホームルーム前の教室は、1年から同じクラスだった、もしくは初めましての生徒同士の雑談で賑わっている。

 新しいクラス2-Cは西側に窓があるらしく、朝日は全く入ってこない。


「おっ。やっと顔を上げてくれたな、陽太」


 僕の顔を見るなり、目の前の悪友がニカッと眩しい笑みを浮かべた。

 内村うちむら冬輝ふゆき。校則違反ギリギリを責めた明るさの茶髪、ムカつくほど顔とスタイルがいいという、絵に描いたようなチャラ男である。


 いや、今こいつのことなんてどうでもいいのだ。僕の高校生活――いや、人生で史上最大級にとんでもない情報を耳にしてしまったのだから。


「……もう一度、言ってくれないか?」

「廿楽あいかはロボットだ」

「…………」


 どうやら聞き間違いではなかったらしい。


 ――廿楽あいかはロボットだ。ロボットだ。ロボットだ。


 ……駄目だ。冬輝の言葉を反芻しても、全然意味がわからない。


 このクラスにロボットがいる? いやいや、そんなSFチックなことがあってたまるか。

 でも……じゃあ、こいつが言うロボットって、なんなんだ?


 ……クールダウンだ。こういう時はいつものルーティンをしよう。そう、英国紳士なら落ち着いて物事を対処する。


「……こ、紅茶。紅茶を淹れよう。冬輝も一杯飲むかい?」

「いや、遠慮しとくわ。お前の紅茶めっちゃ甘いし」


 いつも通りの返事。こいつは僕の紅茶を全然飲んでくれない。

 ふん、まあいい。僕一人でも飲むさ。


 一度ラノベに栞をはさみ、机の中に仕舞う。バッグからステンレス製水筒とプラスチックのマイコップを取り出し、いそいそとティータイムの準備を始める。


 やはりステンレス製の水筒は非常に優秀だ。こうしてコップに注いでいる途中でもしっかりと湯気が立っている。

 今日の紅茶はアールグレイ。コップを近づけると上品な香りが漂う。


 ……よし。クールダウン、クールダウン。紅茶の香りと味がいつだって僕を紳士にさせてくれる。


 ――廿楽あいかはロボットだ。


 ……ふむ。


 紅茶を飲み干し冷静になったところで、今一度口を開く。


「ロ、ロロロロボットォ? いやいやいやっ、そ、そんな、あり得ないことが――」

「いや、ちょっと落ち着け」


 くっ、何故だ!? 今クールダウンできたはずなのに!


「正確には『ロボットじゃないか?』って疑われてる女子だ。まぁ、十中八九で普通の人間だろうがな」

「……あぁ、なるほど」


 冬輝の付け足しで、今度こそ冷静になる。

 つまり、その『廿楽あいか』という人物の行動がロボットなんじゃないか、と囁かれてるだけか。


 なるほどなるほど――くだらん。


「冬輝さぁ……僕がそういう話が嫌いなこと、わかってるよね?」


 要するにいじめということだ。


 いじめをしてる連中は心が弱い証拠。そんな弱い連中に仲間入りするつもりなんて、毛頭ないのだ。


「待て待て、話は最後まで聞け。彼女自身が起こしてる行動がロボットみたいだって言われてるだけだ」

「いや、それでも――」

「何故、ラノベのタイトルはインパクトが大きいものばかりなんだ? 何故、家電製品の最新モデルという売り文句に興味を惹かれるんだ? ……誰しもが未知のモノに出会うと好奇心をくすぐられるものだからだ。誰も抗えない人間の性なんだから、別に悪いことじゃない。現に、お前もラノベを机に仕舞っただろ」

「…………」

「聞くだけなら罪にならない。俺の話に付き合ってくれてもいいんじゃないか?」


 しばらく考え――黙って紅茶をもう一杯淹れる。

 その様子を見た冬輝は「それでいい」という風に満足げな表情を見せた。


「で、どの子が廿楽あいかさんなの?」

「ほら、あの子。前の席に座ってる子だよ」


 と冬輝が指差す先には藍色髪の女子。後ろ姿なので顔は見えないが、スタイルは良さそうだ。


「まず、見た目なんだが――正直、めっちゃ可愛いぞ。一年の頃は何人かに言い寄られてるくらいにだ」

「へぇ……そんなに?」

「あぁ、そんなにだ」


 こいつが女子のことを可愛いというのは耳が腐るほど聞いてきたが……他の男子生徒にも人気があるということは、相当なようだ。後で見てみよう。


 しかし、これだけではただの美少女女子高生。ロボットと揶揄されるには、何かしらの理由があるはずだ。


「で……彼女がロボットだと言われてる要因、一つ目。テストの成績は常にトップクラス。記憶系の問題は一つも間違えたことはないって噂だ」

「おいおい、なんだそりゃ。ただの言い掛かりじゃないか」


 そんなこと言い出したら、全国の頭いい連中は全員ロボットか何かだと言ってるようなものだ。頭悪い連中が言い訳してるようにしか聞こえない……いや、僕もどちらかというと頭悪い部類に入るけど。


「二つ目。彼女が笑ったところを誰も見たことがない。それどころか、怒ったところも泣いたところも。常に無表情なんだ」

「それも根拠がないね。四六時中、観察してたわけじゃないんだろ? 実は何処かで笑ってたり泣いてたりしてるかもしれない。それに昔はどうだったのか、誰か調べたの?」

「陽太、それを言っちゃキリがないぜ。今はこの高校生活内が条件として、廿楽あいかが表情を変えたのを見た人が誰もいない。だから常に無表情という可能性が高いんだ」


 それは……確かにそうだ。


「三つ目。彼女は昼食を食べない。この一年間、一度だってだ」

「いや……小食派。小食派なのかもしれない」


 なんて言ってみたものの――一度もだって?

 僕なんて三食しっかり食べなきゃ調子が出ない。たまに『ダイエットだから』と言って昼食を抜く人なんて、見てられないくらいに。


 それなのに……彼女は一切食べないというのか? いや――食べられないと言った方が正しいのか?


「四つ目。席から一切動かない。休み時間も、放課後も。ずっとだ」

「……ふっ、それなら僕だって負けてない。常に冷静であるよう、動きは最小限に――」

「いや、お前はラノベ読んでるだろ? あの子は

「……へっ?」


 思わず声が漏れる。


「な、何もしてないっていうのは……?」

「そのまんまの意味さ。誰とも喋らず、ノートを見返すことなく、ましてや読書なんてすることもなく。ただただ、真っ正面を向いてて、一ミリたりとも動かない。スリープモードに入ってるんじゃないかとも言われてるぜ」


 それは――僕にもできない。

 別にじっとしていられない性格というわけじゃないけど……誰しも、ずっと同じ体勢を取っていろというのはかなり難しいだろう。


「……けど、ここまでの情報だけじゃ、ロボットだと仮定できないよね?」


 今のが全て正しければ、確かに奇怪な行動ばかり。だが、『ロボットなんじゃないか?』という疑問を抱くにはまだ薄いような気がする。


 すると、冬輝は「その通り」と指を一本立てる。


「そう、これだけじゃ、彼女がロボットだと疑えない。そのための五つ目があるんだ」

「五つ目……?」

「あぁ――彼女は水が苦手なんだ」

「…………」


 水が苦手。

 機械は――水が苦手。


「去年のプールの時間、彼女は一度も入らなかったらしい。クラスメイトの一人が訳を訊くと、こう答えたそうだ」

「『水が苦手だから』……って?」


 冬輝より先に答えてみせると……果たして彼はグッとサムズアップしてきた。非常に格好いいのがムカつく。


「大した推理力だ。伊達に推理小説も読んでるわけじゃないな」

「いや、これくらいなら誰でも予想できると思うけど……」


 しかし――彼女から直接訊いたのであれば、この情報はもう確実だと言えよう。


 ロボットだから――記憶系の問題は間違えない。

 ロボットだから――常に無表情。

 ロボットだから――昼食を食べない。

 ロボットだから――一切動かない。

 ロボットだから――水が苦手。


 以上の奇怪な行動は『ロボットだから』で全て辻褄が合うというわけだ。

 だから、彼女はロボットだと疑われてるのか。


 しかし、ロボットか……情報電子工学科うちらしい皮肉だな。


「っていうか……この話、こっちの学科じゃかなり有名だぞ? 知らないの、陽太くらいじゃねぇの?」

「……え、マジで?」

「陽太さ、ラノベばかり読んでばっかいると、周りから『世間知らず』だなんて言われちまうぜ?」


 多分それ、もう言われてそうだな……。


「いや僕、冬輝みたいにイケメンじゃないし、ほら、その、コミュ力も低いからさ」

「コミュ力は関係ないだろ。まぁ、俺がイケメンなのは否定しないが」


 お決まりの台詞。

 ここまで来ると、かえって清々しいものである。


「陽太にないのは目的だな。顔はいいのに」

「え、そう?」

「あぁ。『シュガージェントルマン』だなんて異名を持つだけのことはある」

「シュガーは余計だよ、それ」


 一体誰が言い出したのか、紳士風の格好を好む僕に対して『シュガージェントルマン』だなんて全然ありがたくない通り名をつけたのだ。

 僕個人としては普通にジェントルマンがいいんだけど……。


「せっかく花の高校生なんだし、青春の一つでもしたらどうだ?」

「いや、それはお前に一番言われたくな――」


 と、言いかけたところで。


 タイミングがいいのか悪いのか、予鈴が鳴り響いた。


「おっと、もうすぐホームルームか。俺が教えられるC組のクラスの情報はここまで。他に気になるやつがいれば、何でも訊いてくれよな」


 冬輝はそう言い残すと、席から立ち上がり、風のように教室から去っていった。

 そういやあいつ、うちの学科じゃないのに、このクラスの大体の人柄は知ってたよな……怖っ。


 数少ない我が友人に恐れながらも、目は自然と藍色髪の少女を追っていた。

 僕がこうして見ている間にも……彼女は一切動かない。


 『陽太にないのは目的』、だって? ……言ってくれるじゃないか。

 なら悪友のアドバイスを受け入れ、一つ行動してみよう。

 すっかり温くなってしまった紅茶を飲み干すと……決意する。



 廿楽あいかはロボットである――らしい。


 この噂が本当なのかどうか、確かめてみよう。

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