青春色リップシンク 〜 いつか、また君に恋をする。

坂岡ユウ

第1章「僕の中学時代」

2013.3.30

2013.3.30 - 引越し①

 見知らぬ町に引っ越してきた時、僕はまだ十二歳だった。物心はついたといっても知っている世界は町内が限界。いきなり「来月から関西へ行くよ」と母に告げられても、その言葉の意味さえわかりはしなかった。


 山本明日夢。これは、両親が付けてくれた僕の名前だ。「明日に夢を叶えられる人になれ」という意味が込められている。父は元ラグビー部のエリート・サラリーマンで、母は大学時代にミス埼玉に選ばれたこともある。僕は彼ら曰く「人間として落第点」だそうだ。確かに、容姿端麗で国立大学を出た両親よりはスペックは高くない。しかし、僕を産んだのは彼らなのだから、これは彼らの限界値である。そのような自分勝手な哲学のせいで、僕はとても暗い少年時代を過ごすことになった。


 ステージアの後部座席で振り返りたくない過去を振り返っていると、前方に「明石 星海」という看板が見えてきた。瀬戸内海を一望できる星海山が目の前にそびえ立つ。ここが、僕が青春を過ごす町。暗い過去を清算し、まったく新しい僕を作る町だ。

 インターチェンジを降りた辺りで「明日夢、もうすぐ着くぞ。しゃきっとしなさい」と父親の声がする。僕は「わかってるよ」と心の中で呟きながら、長旅でくたびれてしまったシャツを綺麗にした。今迄住んでいたニュータウンとは一味違う、九十年代辺りの香りがする。パルコもないし、観光名所もないが、ここならそれなりに悪くないじゃないか。車窓を流れる商業施設の波を目にして、これからの生活に想いを馳せていた。

 すると、父親が「やっぱり田舎だなあ」と疲れた声で呟いた。母親も同調するように「そうだよね」と返す。この会話に大した意味があるようには思えなかったが、単純に「嫌な人たちだな。家族じゃなかったら付き合いたくないや」という感想が胸に湧き上がっていた。いくら小学六年といえど、理不尽か理不尽じゃないかくらいはわかる。

 数分のモヤモヤの後、僕たちの車は閑静な住宅街の一軒家に到着した。

 「着いたよ、早く準備しなさい」

 ぬるま湯のように感情のない母親の声が、僕に行動を促す。両手と首いっぱいの荷物は、小学六年生にはかなり重たかった。

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