第16話 蜃気楼の森

 エルムダールで感じたバグを越えるであろうノイズを感じるレン。


「あらら、これはなかなかハードな戦いになりそうだな」


 ミレイの反応を見るに彼女も森の異変には気付いている様だ。


「ミレイも気づいたか? 明らかにエルムダールよりヤバいぜこれ。ただでさえ序盤の難所だってのに……しかも、NPCみんなは気づいてない」

「恐らく、人工知能の成長がここのバグの規模の処理が出来るまでに到達していないのだろう、バグの種類にもよるが、最悪バグの処理が彼らに出来なくても今はその剣修正パッチがある。ある程度の解毒は可能さ」

「ならいいが……」

「レン、蜃気楼の森の魔物の出現パターンは覚えているかい?」

「あぁ、コボルトにエッジホーク、キラーベア、あとはポイズンバブルだな。特にバブル種は湿地帯での出現率が高いから避けた方がいいな」

「そうだな、私達にはバブル種に有効な、魔法を使えるやつがいない。それに名の通りここのバブルは毒持ちだからな。分かりやすくていいだろう?」

「分かりやすいのはいいが、対処が出来ないんじゃなぁ……やっぱりこのままじゃ無理だな」


 ただ、闇雲に魔物と戦いながら進むのでは、踏破が困難と判断したレンは編成を変えることを提案する事にした。


「みんな、聞いてくれ。この森は魔物にクセがある。毒を持ってるやつもいる。この先、出来る限り無事に進むために編成を変えたいんだけどいいかな?」

「編成? いいけど、どんな感じにするの?」

「それは、大体決めてある」


※ ※ ※


 ソル達はレンの言うままに隊列を変える。


「あの、どうしてこの並びに?」


 先頭がレン、次点でカイル、ミィナ、ミレイと続き、殿しんがりにソルといった並びだった。


「まず案内役の俺が先頭。後方からミィナが弓で魔物を迎撃、取りこぼしをカイルがアシスト、ミレイは何かあったらファイアーウォールバリアーを出してくれ。ソルは危険どころで悪いが背後からきた魔物を頼む。あと、森で迷ったら詰みだ。各々あまり距離を空けないで欲しい」

「俺ァそれで構わないぜ!」

「僕も大丈夫です」

「私もそれでいいわ」

「レン、決まりだ。後はいかに上手くエスコートしてくれるか期待しているよ」

「変にハードル上げんなよ」


 レンの編成した並びで森の内部へと進んで行く。濃霧によって視界の悪い中、時折声を掛け合いながら歩き続ける。


※ ※ ※


 進むにつれて足場も視界もどんどん悪くなっていく。各々間隔を空けている訳ではないが、殿のソルからは先頭のレンが霞んで見えるほどだった。


「おい! 全員いるか!?」

「大丈夫みんないるわよ! アンタこそ1番後ろなんだからはぐれたら分からなくなるわよ!」

「わかってる!」


 その時、会話とは別の"音"をカイルのみが聞き取っていた。


「待って! 何か、聞こえませんか……?」

「えっ? 何も聞こえないけど……」

「来る……! ミィナ、構えて!」

「カイル! 方向は?」


 カイルの呼び掛けに、ミィナはいつでも矢を放てるように弓を準備する。


「そのまま正面、少し上だと思う!」

「いいわ、そこまで分かれば後は私が始末する!」


 ミィナの眼は濃霧の中にいるを僅かな光の屈折や影の濃淡で位置を特定した。


「見えたわ!」

 ミィナの放った矢は、対象物を的確に射抜いた。そしてレン達の前に転がり落ちて来た。


「うお、何だコイツ!?」

「エッジホークだな、単体ならそれほど強くないはずだが、この濃霧の中だと相手が悪いな……」

「とにかく、足を止めずに進んだ方がいいな」

「ソル!? 後ろ!」


 ミィナはソルの背後にソルよりも一回り大きい影が潜んでいる事に気付いた。


「あん? 今度は何だ?」

「キラーベア!? こいつは森の最奥にいるはずなのに!」

「ソル離れて!」


 キラーベアは、ナイフの様な爪を生やし、丸太の様に太い腕をソルに振り下ろす。


「なんだよ、こんなやつ剣を抜くまでもねぇ!!」


 ソルはキラーベアの剛腕パンチを自身の剛腕で掴み取り、もう片方の腕で眉間に強烈なパンチを浴びせダウンさせた。


「ざっとこんなもんよ!」

「す、すげぇ……」

「ホント、馬鹿力だけは尊敬に値するわ……」

「ねぇ! まずいよ! そこら中から音が聞こえる! 多分僕たちの存在に気づいた魔物達だ!」

「急いでここを離れるぞ!」

(おかしい……いくらなんでもエンカウント率が高すぎないか? かといってさっきの魔物からはノイズは感じない。森のどこかでバグが起きてるのは確かなんだが……)

「レン! 道はこっちで合ってるのか!?」

「道は大丈夫だ。次の分かれ道を右、その後は真っ直ぐ行って、岩が転がってる道があるからそこで左に曲がる!」

「よし! じゃあ魔物コイツらは俺達に任せとけ!!」

「ソル、足もと! 何か変なのがいる!」

「何だァ、コイツ……?」


 ソルの足もとに緑色をしたジェル状の物体。生き物かどうか聞かれたら怪しい存在だが、それは明らかに意思を持って動いている。


(あ、あれはまさか……!?)

「ソル! そいつはポイズンバブルだ! 毒を持ってる上に拳や剣じゃ倒せない!」

「チッ……! マジかよ!」


 ソルは剣を抜こうとした手を引き、その場を離れる。


(湿地帯じゃないのにポイズンバブルが出るなんて……)

「さっきよりもエンカウント率が上がっているな。恐らくだが、この先に魔物を生む"何か"がある」


 徐々に上がっていくエンカウント率にミレイも気付いていた。しかし彼女が懸念している点はそこではなかった。


「やっぱり、バグか?」

「……ただのバグならまだいいが」

「それってどういう……?」


 含みのある返答に不安を覚えるレン。しかし今細かく聞き返している余裕はない。倒しても倒しても魔物の湧く状況。まずは状況の打破が最優先である。


「レン! あとどれぐらいでゴールなの!? このままじゃ物量で押し切られる!」


 ミィナの矢でも徐々に仕留め損ないが出始める。矢を掻い潜った魔物をカイルが短剣で仕留めていく。


「もう少しだ! 岩場の道を越えたら拓けた場所に出るはずなんだ! もう少し耐えてくれ!」

「安心しろ。今が終わった。条件設定に時間が掛かったが、今ファイアーウォールを展開する」


 ミレイの指先が光る。ノイズとは違う、プログラムコードが目の前に現れ、エンターキーを押すかの如くタッチした。


防護壁展開スプリクトコード・シールド


 レン達を包むバリアーが展開される。前後左右上空からと攻め入って来ていた魔物達はミレイの展開したファイアーウォールによって全て弾かれていった。


「やるじゃねえか! こんな大技あるなら最初から出してくれよな!」

「準備に掛かる時間と消耗の大きい技だからね。それに展開出来るのは数分ほどだ。使い所は考えないと」

「ハイリスクハイリターンな技なんですね」

(レン、前にも言ったがスプリクトコードの使用はバグを助長させる危険性がある。ここぞという時は使うが、あまり過信はしないでくれ)

(わ、わかった)


 ファイアーウォールの展開時間を考慮し、息を切らしながら走り続けた。そして、レン達はようやく目的地である。森の最奥、薬草の採取地へと辿りつく。

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