第4話 『ウィスタリア』

 あの後、レンはミレイの計らいによりお手伝いさんに車を出してもらい、家の近くまで送ってもらった。だがやはり、母親から帰りが遅いと叱られたレンだった。


 その夜、気を取り直しレンは自分の部屋でミレイから渡されたものを手に取る。


「さて、やってみるか!」


 夜も更けて、自分の部屋に戻ったレンは布団に篭ってゲームの電源を入れた。


「すげえ……グラフィックきれいだし、キャラの動きとかも細かいな」


 レンは無我夢中にゲームを進める。途中、ボス戦で詰まり、篭っていた布団から飛び出た。気づけば寝る前に数十分やって終えるつもりが、起床時間の数十分前になっていた。ポータブルであるが故に布団に篭りながらプレイしてたせいで朝日が差し始めていることに気づかなかった。



※ ※ ※



 ――ピコンという通知音と共にミレイの予備機にレンからメールが届いた。


「おはよ! このゲーム難しいけど面白いな! 結局ほとんど徹夜しちゃったよ」

「おはよう。やっぱり私が見込んだ通りだったみたいだね。レンはゲームに関する集中力は中々だよ。さすが私に35連敗しても諦めなかっただけある」

「それって褒めてるの……? まあいいや、あのさ、ここのボスがたおせないんだけど」


 レンからメールとともに倒せないというボスのスクリーンショットが送られてきた。


「人にやらせるのは初めてだからバランスの調整が悪いかもしれない。ここのボスはレベル12ぐらいあれば倒せるよ」

「わかった、じゃあもうすこしレベル上げてみる」


 進み方が分からない、ボスが倒せないなど、こういったやり取りが数日続いた。ここまでバグらしいものはなかったが、ある日それは唐突に見つかった。


「なぁミレイ、この壁の中の奥になんで人がいるんだ? これってどうやって話しかけるの?」


 レンから送られてきたスクリーンショットには壁の奥に埋まっているキャラクターが写っていた。


「いや、そこにキャラを配置した覚えはないな」

「じゃあバグか?」

「持ってきて見せてくれないか?」

「そしたら明日学校休みだし、またミレイんちに遊びに行くよ!」


――翌日、レンは親に友達の家に遊びに行くとだけ伝え、ミレイの家へ向かった。


「本当だ、確かにここのキャラはおかしいね。プログラムミスかな。確認しておかしい所があったら修正してアップデートするよ」

「あぁ……わかった。それってミレイ一人で出来るものなの?」

「私だから一人で出来るんだよ」

「そっか……」


 黙々とキーボードを叩き、モニターと睨めっこをするミレイを見てレンは戦々恐々とする。


「なぁ、こんなにすごいゲーム作ってるならもっとみんなに自慢とかしてもいいんじゃないか?」

「別に、この程度なら市販されてもおかしくないクオリティだし、何より仮に人が集まったところで今後の作業が阻害される未来しか思い浮かばない」


 ミレイはキーボードを叩く手を止めてレンの方に振り向き、冷たい口調で淡々たんたんと話した。


「でも、俺にはデバッグを手伝わせてくれたじゃん?」

「レン一人ならまだ懐柔かいじゅう出来そうかなって。それに私に関わろうとした人達は大体気味悪がって距離を置いてるよ。あまり好かれるような態度もとれていないだろうし、何より会話のレベルが合わない」

「かいじゅう……? 確かにミレイが使う言葉って難しいな……でも会話のレベルが合わないなら何で俺とは話せるの?」

「そりゃ意図的に会話のレベルを下げてるから」


 ミレイの言い方は冷たいが本人に恐らく悪気は無い事は何となく察していた。レンもミレイの圧倒的な頭脳スペックを目の当たりにしてる分、何も言い返せなかった。


「な、なるほど……でもちょっとひどい言い方のような……」

「そう? これでも多少はレンに対する警戒は解いたんだけどな」

「そ、そうか? ありがとう……?」


 レンは半信半疑ながらも自分の為に目線を合わせてくれたミレイにやっと少し近づけた気がした。


「それはそうと、このゲームの名前どうするの? 呼び方に困るんだけど……」

「それならもう考えて決めたよ。色々な意味でもこれが一番しっくりくるし」

「えっ!? なんて名前にしたの?」


「―――『ウィスタリア』」


「おぉ! なんかそれっぽいけど……どういう意味?」

「ウィスタリアっていうのはね……いや、やめておこう。ちょっと自分で考えてみて。多分レンもいずれ分かるから」


 ミレイは言いかけた台詞を飲みこみ、再びキーボードを叩きだした。


「えー……気になるじゃん。まあでもその内分かるならいいか」

「このゲームは、私の夢のいしずえなんだ。簡単に言えば土台みたいなもの」

「夢の、土台?」

「どんなに頭が良くても、人間は身一つで空も飛べないし、手から魔法だって出せないでしょ? 出来る事が限られるってすごくつまらないし、私の型には合わないの」


 ミレイは再び手を止めて椅子を回転させてレンの方を振り向く。


「確かに魔法って実際に使ってみたいよね! でも、それってゲームだから出来るんじゃ……?」

「私はウィスタリアをいずれ、フルダイブ型のオープンワールドゲームにする。ゲームの中の世界でも、現実と遜色ないレベルに仕上げてみせる」

「それってつまりホントに魔法が使えたりする、みたいな……?」

「限りなくそれに近い世界を創るの。なりたい自分にだってなれる、行きたい場所だって自由にいける、一生かけても退屈しない世界をね」


 レンからしてみれば、もはや数次元違う会話をミレイとしている様だった。


「ミレイって神様になるつもりなの……?」

「神か……ふふっ! そうかもね」


 ミレイは満更でもないといった表情で微笑む。


「無論、私利私欲で構築されている話だが、将来的にこの技術を確立して応用すれば、身体の不自由な人が走り回れたり、年配の人が若返った様な容姿でゲームに入ることも出来るかもしれない」

「マジかよ……!」

「まぁ、さすがの私でもかなり時間はかかりそうだけどね。プログラムの自動構築システムやハードウェアの作成、仮想世界にログインするインターフェースも必要だし、スクリプトを用意するのも大変だ。可能なものは親にも依頼はしてみるけど」


 レンの中で一つの感情が芽生える。


「……なぁ! ミレイ! 俺もミレイの夢を手伝わせてくれよ!」


 それはミレイと共にウィスタリアの完成をさせたいというものだった。


「……それは、何故?」

「俺、ミレイのゲームに衝撃を受けたし、それにミレイの言う世界に興味がモリモリ湧いて来たんだ! だから俺にも、ウィスタリアを作るのを手伝わせて欲しい! 頼む、ミレイ!」


 レンの熱意はミレイにも伝わっている。


「端から聞いたら突拍子もない内容だと思うけど、レンは私の夢を信じられるの?」

「もちろん! ミレイに出来ない事なんて俺には浮かばないもん」

「……かつて、親からでさえ無謀と言われた夢なんだけどね。レンは変わってるね、行動も考え方も」

「そうかなぁ? でもそれにさ、デバッグが必要なんじゃない? あとは、頭の良さじゃ百年経っても追い付かないから体力で頑張るよ」

「確かに、レンの数奇で突飛な行動と、繰り返しの集中力は割と適任だね。でも体力は別に……あっ、そうだ。体力で頑張るというのは即ち、レンの身体を試用や実験に使っても良いってこと?」

「いいよ! ミレイの為なら手伝うよ!」

「そうか、言質げんち取ったり」

「……えっ、げんち?」

「いや、なんでもない。わかった、そしたらレン。宜しく頼むね」


 ミレイはレンに手を差し伸ばす。


「おう! 任せとけ」


 レンもそれに応じて握手する。


 こうして、二人による本格的なゲーム作りが始まる事となった。レンが、彼女にゲームの作成の過程に必要と言われ、人体実験モルモットに充てがわれるのはもう少し先の事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る