第4話僧院ヒナルート4

 新しい水着が入った袋を胸に抱えながら、ヒナはぼんやりと空を見ていた。

「うーん」

 水着フェアの会場から屋上へ移動していた。座っているのは二人用のベンチである。

「どうした?」

「!」

 屋上のフードコートに売っているクレープを手に戻ってきた奏介は首を傾げた。

「ああ、いや。あのお見合い相手だよ。どう断ろうかなぁって。しつこうそうだったし」

 奏介は辺りを見回し、

「そうだな」

 そう呟いた。

「あ、クレープありがと」

 奏介が渡したのはイチゴと生クリームである。

「奏介君何にしたの?」

「俺はフルーツポンチのクレープ」

「え!? 何それ」

「いや、あったから」

 するとヒナが挙手した。

「はいっ! 一口下さいっ」

「言うと思ったよ。ほら」

 口元に差し出されたそれを、ヒナは控え目にかじる。

「あーむ。……んむんむ……うーん、確かにフルーツポンチっぽい味がする。あ、ラムネ? サイダー風味? フルーツにゼリーがかかってるっぽいね。じゃあボクのもあげるね」

 と、その時、カシャッというカメラのシャッターが切られる音がした。

 奏介とヒナは同時に音の方へ視線を向ける。

「いやぁ、イチャイチャしてますねぇ。どう思います? わかばさん」

 詩音がにやにやとスマホを構えていた。

「どうって人目をはばからずイチャついてるバカップルにしか見えないわね」

「なぁあぁ!?」

 ヒナは顔を真っ赤にして立ち上がった。

「しおちゃんにわかば!? なんで!?」

「いやいや、久しぶりにわかばちゃんに会ったから屋上でソフトクリームでも食べよーって上がってきたら、イチャイチャしてる奏ちゃんとひーちゃんを見つけてね?」

「高校の頃からなんとなーく感じてたけど、やっぱりって感じね」

 肩をすくめるわかばである。

「イ、イチャイチャなんかしてないし、ボク達カップルとかじゃないからね? ね、奏介君?」

「ああ、久しぶりに会ったからその流れで遊んでただけで」

「あー、うん。はいはい」

 詩音に生暖かい視線を向けられる。

「しお、いつからいたんだ? 水着フェア会場からか?」

 詩音は首をかしげる。

「水着フェアって下の階でやってるやつ? さっきも言ったけど、ここに上がってきたら奏ちゃん達がいたんだよ?」

 奏介は少し考え、

「そうか」

「ま、邪魔しちゃ悪いから向こう行きましょ、詩音」

「だねー」

 背を向ける二人の服の裾を掴むヒナ。

「せっかく集まったんだから、皆で遊ぼうよっ」

「ごめんね、ひーちゃん。わたし達、今からソフトクリームを食べるという使命が……あれ、その袋って水着フェアの?」

「え、ああ、そうそう」

「何? 新しく買ったの? あんた、あの水着気に入ってるって」

 ヒナは腕を組んだ。

「まぁ、事情があってね。それに大学生になったし、心機一転てことで」

「奏ちゃん奏ちゃん、ひーちゃんの水着選んだの?」

「色だけだぞ?」

「お、思った以上に進んでるわね」

 わかばが神妙な面持ちで呟く。

「だよね。彼氏が彼女の下着の色選ぶのと同じだし、多分」

「お前、ヒナをからかいたいだけだろ」

「奏ちゃんも一緒にからかってるけど乗ってこなくて寂しいよ?」

 そんな話をしつつ、結局四人でフードコートランチをすることになった。

 奏介とヒナはたこ焼きと焼きそばを買いに行くことに。

「はぁ、なんか疲れたー……。しおちゃん疲れるー」

「あいつ、久しぶりにこの面子で集まれて嬉しいんだと思うぞ」

「あー、そっかぁ。水果ちゃんにモモ、針ケ谷君もいれば勢揃いだったのに」

「ああ、そうだな」

 奏介はそう言ってから、はっとした。

 屋上の入り口に立ち止まる影を見つけたのだ。

「どしたの?」

「……ヒナ、この後用事あるのか?」

「え? ううん。多分帰ると思うけど」

「帰り、送ってくよ」

「……ありがと」

 ヒナは少しだけ頬を赤らめて、

「あのさ、奏介君」

「ん?」

 もじもじとしながら、上目遣い。

「次にお見合いさせられる時にさ」

「ああ」

「ボクの……ボクの恋人役として、お父さんを一緒に説得してほしいって言ったら受けてくれる?」

「恋人?」

 ヒナは慌てる。

「いや、だからね、恋人役! やくね! 偽恋人」

 奏介は少し考えて、

「良いけど、俺より同級生のイケメンでも捕まえた方が良いんじゃないか?」

「君が良いの! ……ダメ?」

 奏介は目を瞬かせ、

「わかった、俺で良ければ」

「ありがとう」

 ヒナは満面の笑みを浮かべた。

 奏介はちらりと屋上の方を見る。すでに人影はない。

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