第10話 花菱

「千子はどうしてここに?」

「遊んでいたら迷子になった!」

 俺の顔を見ても怖がらないようだ。しかし、元気が有り余っているかのような振る舞い。五歳くらいの娘か。

 困った。俺は幼女の扱いがうまい方ではない。

 まずは目線を合わせる。

「お父さんやお母さんは?」

 俺はできるだけ優しい声音で訊ねる。

「お母さんと一緒!」

 いやいや、今一緒じゃないだろ。

「お母さんがどこにいるか、分かる?」

 俺はめげずに訊ねてみる。

「あっち!」

 どうやらただの迷子ではないらしい。

 俺が千子に手を引かれ、母親のもとに向かって歩き出す。

 向かっているのはAnDを収納している輸送艦の格納庫ハンガーだ。

 油と汗臭さの残る格納庫にくると、事務手続きをしているお姉さんに出会う。年齢は二十代後半か。鮮血のような紅い短髪に引き締まった身体。

「あら。千子。どうしたの?」

「このお兄ちゃんとお話していた~!」

 のほほんとした、この空気はなんだ。俺は何を見せられているんだ。

 よく見ると母親は軍人らしい。胸元に階級章がつけられている。

 すぐに敬礼し、俺はびしっと背筋を正す。

「失礼しました。花菱大佐!」

「いいわ。気にしないで」

 敬礼を返すとすぐに柔和な笑みを零す大佐。

「お母さんすごいでしょ!」

 えへへと嬉しそうに笑みを浮かべる千子。

「ああ。すごいな」

 ちょっと上から目線だったか?

 ごくりと喉を鳴らすと、俺は花菱大佐の持つ鞄に目をやる。

「それは……?」

「通称アンディーボックス。彼の残した遺産よ」

 大佐は鞄からアンディーボックスを取り出し、見せてくる。

「これの解析を行おうと思ったのだけど、残念ながら、さっぱり分からないのよ」

 苦笑いを浮かべる大佐は、再び鞄にしまう。

「聴いたことがあります、アンディー博士が残した十個のブラックボックス」

「そうよ。よく勉強していますね。内藤祐二」

 敬礼をすると、千子を連れていく大佐。

 しかし、名前を名乗っただろうか?

 俺は疑問に思いながら、若くして大佐になった花菱を見つめていた。

「あ。内藤くんが見とれている!」

 整備員の誰かがそう叫ぶと、声を聴いた他の隊員も集まり出す。その中にはティアラや神住、愛がいる。

「ち、違う。俺は……!」

 慌てふためく俺を尻目にティアラが俺の腕をつかみ、通用口まで引っ張る。

「内藤くんは年上のお姉さんが好きなのかな?」

「いや、違う。あの若さで大佐になったのに驚いていただけだ」

 普通なら四十から五十代でなる大佐に、彼女はなっていたのだ。

 なんともつまらなさそうに顔をじっと見つめてくるティアラ。

「本当にそうかな?」

「え」

 ティアラはふくれっ面を浮かべ、不満の声を零す。

 色恋沙汰は任務成功率を格段に下げる。まずい。このままでは。

「いや、本当にないって」

 俺はぶっきらぼうに取り繕いながら、ティアラの視線をかわす。

「ふーん。でも胸の大きかった人ね」

 自分のない胸を手で触るティアラ。

「関係ない。ほら。行くぞ」

 俺は淡々と無表情のままの顔で連れていこうとする。

「あ。まだ話は終わっていないのに!」

 未だに未練がましくぼやくティアラ。

 俺はAnDの試合が見られる展望台にたどりつく。

「デートのお誘いのわりには地味なところを選んだね」

 トーンの低い声でしゃべるティアラ。

 デート。何を言っているんだ、ティアラは。

「ティアラも来ていたんだ」

 目の前には神住が立っていた。手には双眼鏡を持ち、もう片方の手でメモをとっている。

「戦況の方は?」

 俺は神住に訊ねる。

「それがチームトリニティの活躍がすごくって!」

「何があった!?」

 鼻息を粗くし、興奮した様子の神住。それに乗っかるように興奮を抑えきれない俺。

「AnDバカ」

 ティアラは薄く笑みを浮かべ、嫉妬の言葉を零す。

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