『のぞみの復讐』

 アダムとイブは知恵の果実を齧るとまず『恥』を覚えた。

 裸であることに強い羞恥を感じ、服を着る。それが人が無垢な獣から、汚れた知性ある生き物になった証だと言わんばかりに。


 また、服とは、その人の社会的身分を表す。

 王様だって全裸になればその辺の小汚いおっさんと見分けなんてつかないし、制服を着ていなければ一目で学生だと判別できない。


 服とは人の知性と理性の象徴であり、尊厳そのものと言える。


 そんな中黒髪インナーカラーの少女は全ての服を脱ぎ、五体全てを地につけ這いつくばりながらプライドもなくのぞみの靴をペロペロと舐め、一方茶髪の少女の方は、くねくねと腰を捻って踊りと言えるか微妙な動きをする。

 その顔は赤く、恥じらっているのが目に見えた。プライドを捨て、のぞみの靴をべろべろと舐める黒髪の方より多少はエロいけど、それだけだ。


 正直エロいことなら彼女らよりもずっと見た目の良いリースやのぞみがいるし、ちょっと激しく虐めたいなら同じくリース並みに見た目の良いリモーナもいる。

 橋田や石橋と同類である彼女らに、俺は性的な魅力を感じられない。


 故に俺とのぞみは、二人にエロスを求めていない。求めているのは誠意ある謝罪と深い反省である。

 のぞみは恥を捨てきれずにいる茶髪の前でカチカチとカッターの刃を見せた。


「今のところ罰ゲームは貴方かしらね?」


 嗜虐的に笑うのぞみに、茶髪は露骨に顔を青褪めさせた。


「ま、待ってよ。い、今のは準備運動だから。ほ、本気でするから」


「期待してるわ」


 のぞみに脅された茶髪は佐藤林檎のように背中でカッターを傷つけられ、佐藤の血で赤く染まった不衛生なトイレ用のブラシでごしごしさせるのが嫌なのか、全力で踊り始めた。


 その踊りは、踊りと言えないほど不格好で、それ故に惨めでみっともない。

 とても年頃の女の子が晒していいような無様ではなかった。そのあまりにもの下品さに俺は軽く引いた。

 のぞみは持っていた手提げ鞄から、黒い板のようなものを取り出した。


 スマホ……?

 虐待されてたのにスマホを渡されてるのは意外だった。


「……これ、お母さんのお下がりなの。電話とかは出来ないけど、動画を取るくらいのことは出来るわ」


 俺の心の中の疑問に答えるように、のぞみはそう言って裸踊りをする茶髪の動画を撮り始める。茶髪の動きが露骨に遅くなった。


「何? 撮ることに文句でもあるの? ……私に同じことを強要した時には、楽しそうに撮っていた癖に?」


 カチカチッ、とカッターの刃が出し入れされる。


「ひぃっ。い、いえ」


 一瞬動きを止めた茶髪は先ほどのみっともない踊りを再開させる。……俺は正直、この薄汚い茶髪のギャルの下品な裸踊りより、そのスマホに保存されているであろうのぞみの動画の方に興味を持った。

 俺は手元に転移ゲートを作り、茶髪と黒髪と佐藤の制服と鞄を手元に持って来る。


 一通り漁って見ると、二人分のスマホを入手した。


 軽く写真フォルダを見てみたら、なんかこう、三裸の写真と近衛や、その他石橋や橋田の取り巻と思われる男との羽目鳥写真がいっぱいあってげんなりした。

 佐藤林檎のにはパッと見る限り石橋のしかなかったけど、どうでも良い。

 それと制服で遊園地に行ったとか、着色料べったりのパンケーキ食べに行ったとか、カラフルなドリンクを飲んだとかしょうもない写真と動画ばかり。


 かなりのデータ量があるし、こんな汚い画像の山から本当にあるかどうかも解らないのぞみの写真や画像を探すのは凄く面倒くさい。

 俺やのぞみと違って、衛府蘭高校の連中と因縁のないリース辺りにお願いしてサルベージして貰おうとスマホだけ回収しておく。


 そうこうしている間にも茶髪は踊り続けていて、黒髪はペロペロと靴を舐め続けていた。


「ソラ。良かったらそのスマホ、一つ貸してくれない?」


「良いけど」


 俺はのぞみに渡す。のぞみはもう一方のスマホで、靴を舐め続けている黒髪の動画も撮り始めた。


「ねえ、この画像。動画サイトに投稿したら収益になるかしら?」


「どうだろ」


 まあ現役の女子高生と言うだけで需要はあるだろうし、別にリースやのぞみにかなり劣ると言うだけで、佐藤もその取り巻も不細工と言うわけではない。

 血まみれになっている佐藤が映ってそうで、それが原因でいらん面倒事に巻き込まれるリスクはあるけど、それも俺の『転移』があればどうにでもなる。


 虐めを受けた苦しみも、復讐したい気持ちも――同じ地獄を味わった者として理解できるし、のぞみがそうしたいなら止めようとは思わなかった。

 ただ――


「金にするならサイトに流すよりその辺の汚えおっさんに身体売らせて稼がせたお金を巻き上げる方が儲かりそうだけど」


「それ良いわね」


 俺の発言に、のぞみはニヤリと笑みを浮かべながら、カチカチッとカッターの刃を鳴らした。


「だけどそれはそうとして困ったわ。こんな惨めな二人の姿を見てると、どっちに罰ゲームをすればいいか迷っちゃうわ」


「ひょ、ひょんな! 私はのぞみの靴をこうしてずっと舐めてたじゃないですか!」

「わ、私だって、誠心誠意反省の意を込めて踊ってます!!」


 黒髪が靴を舐め、茶髪が躍る。そこには人としての尊厳も、恥もない。プライドを捨てきった人以下の何かが、吠えていた。

 のぞみはニッコリと笑って、俺の方に振り向いた。


「ねえソラ。その辺の野良でも良いから、犬を連れて来てくれない?」


「なるほど。佐藤のでも良い?」


「勿論!」


 佐藤の家は知っていた。虐められていた時に一度だけ行ったことがある。俺は佐藤の家の犬が繋がれている場所を思い出していた。……この辺かな?

 俺は転移ゲートを佐藤林檎の家の庭に繋いだ。


「グルルルッ、ワンッ!」


 大きく、それでいて汚い臭い犬が虚空に現れた異世界に繋がる穴に、威嚇するように吠える。転移ゲートをあからさまに警戒していた。

 俺は佐藤林檎の犬の首輪を転移で切り落としながら、犬の足元に転移ゲートを繋ぐ。犬はのぞみと、二人の目の前に現れた。


「ありがと」


「どういたしまして」


「……さて。奇しくも彼は私の処女を奪ったワンちゃんと言うわけなんだけど、彼と先にセックスした方を特別に勝ちってことにしてあげるわ」


 のぞみはカチカチッと、カッターを鳴らしながら二人を威嚇する。

 佐藤の犬は、血まみれになっている佐藤の元に駆け寄ってペロペロと佐藤の傷口を舐めていた。


 犬は管理されていない獣特有の臭い匂いがしていて、先ほどまで泥遊びでもしていたのかと思うほどに汚らしい。

 性行為は勿論、近づくのも躊躇したくなる不潔な大型の犬。

 しかしのぞみは昔、佐藤たちの行き過ぎた虐めによってあの犬と性行為をさせられたのだと言う。


 想像するだけでえげつなく、悍ましい。

 故に――彼女たちが本当の意味でのぞみに誠意ある謝罪をすると言うのならそれは決して通れない道なのだとも思った。


「ゆ、許して。さ、佐藤の犬は皮膚病になっていて……」

「こ、こんなのとしたら病気になっちゃう」


 二人はあれだけプライドを捨て、無様を晒したというのに、犬との性行為を拒む。

 こんな状況下で、それでも尚拒むようなことを彼女たちはのぞみにしたのだ。


「大丈夫よ。どんな病気でも私が治せるから。安心して罹って良いわ」


「いや、許して……あ゛っ、っきゃぁぁぁああああああ!!!」


 のぞみに縋りつくように腕を掴んだ黒髪の手をのぞみは容赦なくカッターで切り裂いた。鮮血が飛び散り、黒髪は腕を抑えて蹲った。


「選んで頂戴? そこの犬とセックスするか、私に切られるか。私としては別にどっちでも良いけど」


「い、痛い。痛いよぉ」


「ゆ、許して。他のことなら何でもするから、許してっきゃぁぁああああああ!!」


 ゾクゾクするくらい冷たい目をするのぞみは許しを乞うてきた茶髪の手も切り裂いた。同じく鮮血が飛び散り蹲る。


「まだ私、させられてきた分しかさせてないけど? どうしてそんなに絶望しているの? ……そんなに絶望するなら、どうして私にそんなことをしたの?」


 怒りに震えたのぞみの声が響く。のぞみの復讐は終わらない――

 

 

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