『毒親』

 数日振りに学校が再開したのは良かったけど、まさか淫行問題が起こって授業が潰れるとは思わなかった。

 赤メッシュを全裸で放り投げた俺にも1%くらいは要因があるかもしれないが、だからと言って全裸の女子を見ただけで飛びかかる奴がいるなんて思わない。


 獣かよ。自制心とかないのかよ。TPOも理解できないのか? ……精々ネットに晒されて消えない生き恥に暫く苦しむ程度かと思っていたのに。


「ただいま」


「あ、お帰りなさい。ソラ様」


 転移で自宅に帰りつくと、エプロン姿のリースが出迎える。

 現実離れした銀髪紅眼と尖った耳、透明感のある白い肌と芸術的なまでに整っていながら少しあどけなさも見受けられる妖精のような美貌。

 そんな美少女には似合わない、ボロボロの穴が開いた紺のエプロン。


 確か小学生の頃に、俺が家庭科の授業で作った奴だ。


「そのエプロン……リース、料理でもしてたの?」


「ええ。いつかは私が料理も洗濯も掃除も――ソラ様の身の回りのお世話を熟せるようになりたいですからッ!」


 それは殊勝な心掛けだ。リースが本当に家事全部を担当して俺のお世話をしてくれるようになれば色々と楽になる。

 俺はポンとリースの頭に手を乗せ、偉いぞ~と褒めておいた。

 リースが目を細めて、嬉しそうにはにかむ。


「えへへ。それで、その……丁度、料理が出来た所なんです。こっちの調味料を使っての料理は初めてなので自信はありませんが、一緒に食べませんか?」


 佐藤と近衛に絡まれたせいで昼食も取り損ねたし、お腹が空いている。

 それに口ぶりから察するに、リースは元の世界ではちゃんと料理もしていたみたいだから、それなりに期待をしても良いだろう。


「とりあえず、献立は野菜のスープとパンにしました」


「なるほど、それは美味しそうだ」


 そしてリースが鍋を持って来る。パンは冷蔵庫に入っていた食パンだ。

 そして持ってきた鍋の中に入っていたのは、野菜。ちゃんとそれなりに切られてはいるが、ところどころ芯や皮、にんじんの葉っぱなど普通は捨てる部位が入っているのがとても気になる。


 だが、リースは何一つ疑問に思う様子はなく機嫌よさげにスープをよそっている。


 ……異世界だと、芯とか皮も使うのが普通なのだろうか? まぁ、言って食べられない部位でもないし、食べてみれば美味しいかもしれない。一口啜ってみる。

 (꒪ཀ꒪)オエッ


「……なんじゃこりゃ。馬鹿みたいにしょっぱいし、なんか甘ェ」


「す、すみませんッ、お口に合いませんでしたか?」


「いや、合わないと言うか……塩多すぎ。あと、なんで砂糖容れた?」


「すみません。塩も砂糖も好きなだけ使っていい機会なんて滅多にないので、沢山容れた方が美味しいと思いまして」


 ……そっか、リース異世界人だもんな。この世界の常識とか俺、全然教えてないもんな。


「バカヤロウッ! 塩とか容れすぎたら塩分過多で死ぬわ! ってか、砂糖は使い処をちゃんと見極めろ……って言ってもリースは知らないんだよな? ……そう言えばリースってこの世界の文字とか読めるのか?」


「ん? 一応ギルドで代筆もしていたので読み書きは出来ますが……」


 まあ、あの世界は日本語だったし読み書きできるなら問題ないか。


「だったら後で色々教えてやる」


「お、教えるってそんな///」


 リースは耳を赤く染める。……まあ、そっちの方教え込むのも吝かではないが、今はその話じゃない。


「調べ方を教えるんだよ」


「調べるって……ソラ様のお部屋には本もありましたよね? ……その、高価な本を女の私が読んでも良いんですか?」


「別に本は好きなだけ読んでも良いが、教えるのは本の読み方じゃなくてインターネットの使い方だ」


「いんたーねっと?」


「ああ。まあ、それを使えば色んな情報にアクセスできる。例えるなら、電気で動く魔法の板の中に閉じ込められた図書館みたいなものだ」


「……そんな。まるでアカシックレコードみたいな話をしますね。ソラ様、私を揶揄ってます?」


「揶揄ってない。まあ、百聞は一見に如かずだ。とりあえず――」


 俺の部屋でパソコンを実際に弄らせながら教えようと思ったその時に、俺の家のドアが開いた。その音に驚いて思わず俺は反射的に触れていたリースを転移させる。

 今、部屋の事を考えてたから恐らく転移先は部屋の中だ。


「ただいま~って、ソラ。お前帰ってたのか? 学校はどうした?」


 黒髪黒目で、アルコール臭く少し酔っているのか顔が赤い。無精ひげを生やしただらしない印象を与える小太りのおっさん――一応血縁上の俺の父に当たる男が家に帰って来たのだ。


「いや、学校は休みでさ。ほら、A組の奴ら行方不明で――」


「またそれか。お前がサボりたくて嘘ついてるんじゃないだろうなァ?」


「違うよ、俺がサボりなんて――「ソラ様、いきなり私を部屋に転移させて何事ですか? ……って、そちらの方は――」……一応、俺の父だよ」


 突然部屋に飛ばしたのだから当然と言えば当然なのだがリースが出て来た。

 だが、察して部屋の中に隠れていて欲しかった。


「あ、ソラ様のお父様。……私、リースと申します。ソラ様とは――」


「おう、ソラ。てめぇ。俺がパチンコ負けて辛い思いしてる時にお前は呑気に彼女連れか? それもうちの母さんよりずっと綺麗な。当てつけか? あ゛? てめえ!」


 リースを見るや否や父に当たる男が俺を蹴とばしてくる。そのままの勢いで手に持っていた酒瓶を叩きつけてくる。咄嗟に手で防ぐと、ドンッと鈍い痛みが腕に走る。

 それから父にあたる男は俺の胸倉を掴み上げ、酒臭い顔を俺に近づけて来た。


「お前は良いよなァ。俺の金で行かせてもらってる学校サボって、彼女と家でいちゃいちゃしてさァ! 俺は一生懸命パチンコで金稼ごうとしてるのに失敗してこんな胸糞悪い思いしてるってのにさァッ!」


「学費は、奨学金で賄ってるし……」


「あ゛? お前が食べてるご飯とか、来てる服とか、そう言うの含めて学費だろ? それで、それは誰のお金で買ってるんだ?」


「……生活保護」


「だから、それは誰の名義で貰ってるお金だ? 俺だろッ!? なあ、ソラ。賢いお前なら解るよなッ?」


 俺の父にあたる男はいわゆる毒親と言う奴で、クズだ。

 ろくに働きもせずパチンコに通い続け、借金を膨らます。ちゃんと管理して隠しておかないと平気な顔して俺の奨学金をパチンコ代にするし、生活費に回さないといけない生活保護も平気でギャンブルに使い込む。


 そうでなくとも気に入らないことがあればすぐに俺を殴り、蹴り、怒鳴る。


 学校に行けば橋田に酷い目に遭わされるが、家に帰ってもこのクソ親父に凄惨な目に遭わされる。ここ数年、風俗遊びにハマっているお陰でこの男が家に帰って来るのが三日に一度程度なのが唯一の救いだった。


「まあいいや。ソラ、俺さ、お前らの為に金を稼がなくっちゃいけないんだが資金が尽きちまったんだ。ソラ、金、寄こせよ」


「……ないよ」


「あんだろッ、学校行ってんだからッ! 学費に使ってるお金とか、今着てる服を買うお金とかッ!」


 普通に俺の引き出しには280万円ほどの現金が入っているけど、少なくともこのクズ男に渡すお金は一銭たりとも持ち合わせていなかった。


「……ねえなら、稼いでこい。例えばお前の彼女が身体を売るとかそうすりゃ、金の一つでも作れんだろ? ソラみたいな出来損ないのダメ息子には勿体ないくらいの美人だ。ソラ、てめえ人生で一回でも親孝行でもしてみたらどうだ!?」


 一応親なのに、親とは思えないほどの罵声を浴びせられる俺をリースが傷ましい目で見てくる。それが何よりも悼まれない。


 ……かつての俺は、このクズみたいな父親に怯えながらも逆らえず、ただ学費や生活を奪われるのを耐えることしかできなかった。でも、今の俺は違う。

 少なくとも、俺には転移があって――いつでもどこにでも逃げることが出来る。


「おい、ソラてめぇ聞いてんのか!?」


 怒鳴りながら振り下ろされた酒瓶を転移で躱し、リースの手を握る。


「おいッ、てめえ避けてんじゃねえッ!!」


 これが親だとは思いたくない。それほどまでに凄惨な形相で投げつけられた酒瓶は空を斬る。――俺はこの親父から逃げるように、異世界に転移した。



―――――――――――――



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