6.初めてのスプレッド

 タロットカードには大アルカナと小アルカナがある。


 私はタロットカード初心者なので、大アルカナだけで占いをしているが、小アルカナにも興味があった。

 小アルカナのカードを見て行くと、様々な動物が描かれている。タロットカードの本に書いてある絵柄と私の動物のタロットカードの絵柄は全く違った。


 試しに小アルカナのカードを大アルカナのカードと一緒にして混ぜているときに、滝川さんが声をかけて来た。


『この前、焼き鳥をしたでしょう? 次の日の朝は卵かけご飯で、昼は親子丼だったんですよ』

「滝川さん、お料理上手ですもんね」

『料理はできるけど、やりたいとは思ってない……って、そのことじゃなくて、そうやって食べてから、出かけるときに、玄関でブーツをはいたんですよ。チャックまで上げ終えた後に忘れ物を思い出して、脱ごうとしたら、なかなか脱げなくて』


 話している滝川さんの声を聞いていると、ソードの七が飛び出して来た。

 意味は確か悪巧みとか、そういう感じだったと思う。

 『悪だくみしちゃったのがバレちゃった』と鶏さんの声が聞こえた。


「鶏さんが悪巧みしたみたいですよ。仕返し、かな?」

『この鶏野郎おおおおお! 明日はチキンのマスタード焼きだ、覚えてろおおおお!』


 吠える滝川さんに、タロットカードを捲ると、ソードの三が見えた。

 意味は確か、痛み。

 『そんなの酷い!』と声が聞こえる。


「鶏さん、傷付いてますよ」

『あ、これ、有効なんだ。もし、箪笥の角に小指ぶつけたら、ローストチキンにしてやるからな!』


 滝川さんが鶏を食べることが、鶏さんにはショックだということが知れてしまって、滝川さんは何かあったら鶏を食べる気満々だった。


『私の鶏さんの話ばかり聞いているけれど、千早さんの猫さんはどうなんですか?』

「どうなんでしょうね」


 タロットカードを捲ってみると、ペンタクルのクィーンが出て来る。

 意味は、寛容。

 『あなたの好きにすれば? 私はそれでいいわ』とでも言っているかのようだ。


「私は好きにしていいみたいです」

『代わりに自分も好きにするみたいな感じなのかしら。猫ってそういう子が多くないですか?』

「そうかもしれないです」


 私が答えると、滝川さんが聞いてくる。


『作家になるのはいいんですけど、これからどうなるかとか、占えます?』

「私、占い師じゃないし、占いを信じてるわけじゃないけど……それでもいいなら占います」

『お願いします』


 滝川さんに言われて私はカードを並べた。

 三枚のカードを裏向きに並べるこのスプレッドはスリーカードというらしい。

 一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目が未来を示す。


 逆位置のないカードなので、読み説きはそれほど難しくないはずだ。

 何より、カードを触っていると、声が響いてくる。


 一枚目のカードはペンタクルの五。

 意味は困難。

 ベーシックなタロットカードの絵柄では、教会へ助けを求めに行く人々が描かれていて、救いが必要な雰囲気が漂っている。


 『ブラック企業に勤めて、その中で小説も書いて、ものすごく苦労しましたね。ずっと助けが欲しかったですよね』と過去を思い出す鶏さんの悲痛な叫びが聞こえる。


「過去はかなり大変だったみたいですね。ブラック企業で苦労しつつ、小説を書いてて本当にお疲れさまでした」

『私、ドエスのはずなんですけどね。会社に洗脳されてたようなものですよ。ここでやっていけなければ、他の場所でもダメだって』


 思い出したのか滝川さんの声が沈む。


「長かったんですね。どれくらい勤めてたんですか?」

『高校卒業してから干支が一周するくらいですね』

「おう……それは、きつい」


 ここで初めて私は滝川さんの年齢を知る。

 お誕生日は知っているし、お誕生日にはお祝いの小説を書いていたのだが、正確な年齢は知らなかった。


 滝川さんは年まで私と同じだった。


 続いて二枚目のカードを捲る。二枚目のカードはワンドの二だった。

 意味は、到達。

 『やっとミステリー小説が認められて、作家という地位になりましたね!』と鶏さんの歓喜の声が聞こえる。


「今は、ミステリー作家になれたことでステップアップしてますね。鶏さんも光って飛ぶはずです」

『それは鶏ではないのでは?』

「本人、じゃない、本鶏は、鶏ですって顔してますけど」


 タブレット端末の向こうの鶏さんは光りながら飛び回っているが、絶対に自分が鶏だという主張を変えそうになかった。


 三枚目は太陽のカードだった。

 意味は喜びだが、それだけではないと私はすぐに気付く。

 太陽のカードに描かれている鶏さんが、表情を煌めかせている気がするのだ。

 『私が付いているので未来は明るいですよ! 任せてください』とでも言っているかのようだ。


「未来は、鶏さんが導いてくれるみたいです」

『えー!? 鶏に導かれるんですか!? 私、鶏肉大好物なのに』


 鶏肉と言われて、広げたカードを戻して混ぜていた手から、カップの五が飛び出した。

 意味は喪失。

 『食べないで!? 食べないでぇ!?』という鶏さんの叫びが聞こえて来た。


「鶏さん、鶏肉や卵を食べられると、ショック受けちゃうみたいですね」

『鶏肉が一番安くて美味しいんですよ! 卵は栄養があって、使い勝手もいいし。文句があるなら、他の動物と交代してもらって結構です!』


 言い切った滝川さんに、鶏さんの光が消えて、飛んでいた羽も垂れさがって、しょぼしょぼと滝川さんの肩の上に戻ってくる。

 タロットカードを捲ると、カップのペイジ。

 意味は受容だ。

 『ある程度は受け入れるから、捨てないで』と声が聞こえる。


「ある程度は受け入れるらしいですよ」

『それならいてもよし!』


 滝川さんの認識では鶏さんは滝川さんを守っている守護獣のはずなのに、妙に立場が弱い。私も滝川さんも、鶏さんと猫さんについて、同じ疑問を持っていた。


『追い返そうとしても我慢するとか、この鶏、なんで私のところに来たんでしょう』

「私も考えてました。この猫さんは、私のところになんで来たのか」


 タロットカードを使えばそれが分かるかもしれない。

 始めに私の猫さんについて考えながらタロットカードを捲ってみると、ソードの二が出て来た。

 『現状維持で、特に今は考えなくていいことよ』と言われた気がして、私は眉を顰める。


「滝川さんの鶏さんはどうなんだろう」


 気になってタロットカードを捲ると、カップの三が出て来た。

 『そんなことより、二人とももっと飲んで楽しんだら?』と誤魔化された気がして、私は顔を引きつらせる。


「どっちも、何で私たちのところに来たか、教えたがらないんですけど!」

『何か重大な秘密でも抱えてるんでしょうか?』

「なんなんでしょうね」


 言い合っているうちに、時刻は滝川さんの眠る時間になっていた。


『そろそろ、今日は失礼します。鶏と猫の謎は、いつか必ず』

「はい、必ず突き止めましょう」

『お休みなさい、楽しかったです』

「私も楽しかったです。お休みなさい」


 通話を切ってから、私はタロットカードを順番に並べて浄化していく。

 チョコレートもハーブティーももう片付けていた。

 タロットカードをポーチに入れてから、小冊子を手に取る。


 開くと目に飛び込んでくるアルファベットの羅列。

 どうしても読むことができない。

 これを読み説くことができれば、もっと詳細にタロットカードで占いができるのだろうか。


「スピリチュアルとかよく分かんないし」


 呟いて私は小冊子を閉じてポーチの中に入れた。


 翌朝目覚めると、私はクラフトショップに出かけていく。パーツの買い足しと新作の葡萄のようなチャームの納品に行かなければいけなかったのだ。

 葡萄のようなチャームは、長く伸ばすパーツを入れて、イヤリングとピアスにしておいた。


 納品するとクラフトショップの店員さんがそれを見て褒めてくれる。


「すごく素敵なデザインですね。あの勾玉ビーズからこんなものができるなんて思ってもみなかったです」

「ありがとうございます。デザイン大変だったけど、頑張ってみました」

「これは売れると思いますよ」


 マスク越しの会話だが、店員さんが微笑んでいるのは何となく分かる。


 それだけではなかった。

 タロットカードに触っていないのに、私には見えたのだ。


 種類は分からないけれど、耳のふさふさした猿。

 それが店員さんの背中にぶら下がっている。


 当然、本物の猿ではない。

 薄っすらと透けているから守護獣なのだろう。


 滝川さんはミステリー作家の夢を叶えた。

 私は、タロットカードを手にしていなくても、他人の守護獣が見える力を手に入れた。


 スピリチュアルとか信じてないんですけど……。


 私はこの能力を持て余す気しかしていなかった。

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