十八話 「面白くなくなったからやめた」

「——それじゃあ、今日はここまでにしようか」

「はい! ありがとうございます!」


 平日の放課後。

 今日も今日とて、俺は芹崎さんのバドミントンの練習に付き合っていた。


「それにしても芹崎さん、随分上手くなったよね。もうそこら辺の部とだったら普通に試合になるんじゃない?」

「ふふっ、祐也君はおだてるのがお上手ですね。でも、私はまだまだですよ」

「そう? 俺はおだててるつもりは全くないんだけどなぁ」


 実際、芹崎さんは本当に上手くなっていた。

 サーブはある程度狙ったところに打てるようになっていたし、打ち返すのが厳しいところにシャトルを入れてもしっかりと打ち返してくる。

 そして特筆すべき点は、彼女が"鋭い"スマッシュを打てるようになったことだ。

 スマッシュなんて、部活にも入っていない素人が打とうとしても難しい。

 それを、彼女はものの一週間で習得することが出来た。

 その習得速度は羨ましいほどだった。


「ありがとうございます。ところで私、今までずっと気になっていたことが一つあったんですけど、いいですか?」

「答えられる範囲であれば、いいよ」


 俺がそう言うと、芹崎さんは「では」と置いて、俺にある質問を投げかけてきた。


「祐也君って、過去にバドミントンをやってたんですか?」


 その問いかけに、俺は一瞬言葉に詰まってしまう。

 そうか、確かに芹崎さんにはまだ言ってなかったな。


「……そうだね、中学生の時に三年間やってたかな」

「あっ、だからあのとき……」

「ん? 何か言った?」


 芹崎さんがつぶやいた言葉が聞こえなかったので、俺は思わず問い返した。


「あっ、いえ、何年か前に祐也君が大荷物を持って出かけていったのを思い出しまして」

「多分、部活の遠征の時だね。そっか、芹崎さんがミーシャだったときにそこを見ていたのか」


 俺は中学を卒業するまで、CATSの2階にある住宅スペースに蓮とマスターと一緒に住んでいた。

 ミーシャもそのとき一緒に暮らしていたから、芹崎さんもその記憶を持っているのだろう。


「祐也君は教え方もお上手でしたし、遠征に行っていたってことはそれなりにお強かったんですよね?」

「まぁ。自慢ではないけど、当時は県大会をトップで通過するぐらいには」

「物凄くお強いじゃないですか!」


 身体をビクッと震わせながら叫ぶ芹崎さん。


 別に、白銀に比べたらそこまでだけどな。

 ……まぁ、これは比べる相手が悪いけど。


「それだけお強かったのにどうしてバドミントン部に入らなかったんですか……っていう質問は、流石に踏み込みすぎですね」

「いいよ、別に」

「でも……」


 不安げに顔を俯かせた芹崎さんを、俺は微笑んで見つめる。


「芹崎さんは、俺に何か大きな理由があってバド部に入らなかったと思ってるんだよね?」

「それは……はい」


 やっぱりか。

 漫画や物語の世界でも、ある大きな理由から打ち立てた金字塔が過去の栄光になってしまうことは定石だ。

 それに実際、現実の世界でも怪我などの理由でその道を諦めざる負えないこともある。


 でも俺がバドミントンをやめた理由は他にあり、それは至極子供っぽいものだった。


「俺がバドをやめた理由なんて、面白くなくなったからだよ」

「面白くなくなった……ですか?」


 俺の答えを聞いた芹崎さんは呆気にとられていた。

 そんな彼女を見た俺は思わずクスッと笑ってしまう。


「そう。まぁ、他にも白銀と意見が合わなかったからっていうのもあるけど、一番の理由はそれかな」

「白銀と意見が合わなかったからって、白銀さんですか!!」


 あぁ、これも言ってなかったか。

 俺、芹崎さんに言ってないことばかりだな。

 ……まぁ、言うタイミングもなかったからそんなに気にする必要もないか。


「そうだね。俺、実は白銀と同じ中学校に通ってて、中学三年生のときに白銀が部長、俺が副部長を務めてたんだよ」

「ほぁ〜、そんなことが……」


 ほぁ〜ってなんだよ、ほぁ〜って。

 可愛いかよ。


 俺は緩みそうな頬に力を入れながら再び話始める。


「その役職に付き始めた辺りからかな。白銀と俺はよく意見がぶつかってたし、そのせいもあってかバドも楽しくなくなっていったんだよ」

「そうだったんですか……」

「白銀とは、三役に就任する前までは結構意気投合してたんだけどなぁ。そこをさかいに、白銀は俺にだけ当たりが強くなったんだよ」

「それは、どうしてでしょうかね?」

「俺も未だに分かってない。まぁ、部長の重圧があったんじゃないかな?」

「そんなものなんですかね」

「そんなものだと思うけどね」

「…………」

「…………」


 そこで変な間があった。

 こういう間があると、俺が会話ベタなんだとつくづく感じてしまう。

 芹崎さんにも申し訳ないし、この気まずい空気をどうしようか。


 そう考えてスマホを開くと、ロック画面に今の時刻が映った。


「——っ! 芹崎さん!」

「は、はい! 何でしょう?」

「もうすぐで五時だ! 早くCATSに帰らないと……」

「えっ!? もうそんな時間なんですか!?」


 時間が来て、二人の空間は強制終了。

 ほんと、何で芹崎さんがミーシャなんだよ。

 普通の人間だったら、もっと一緒にいられたのに。

 ……って思ったけど、そもそも芹崎さんがミーシャじゃないとあんな出会い方はしていないし、こんな仲良くもなれていないのか。


 じゃあ、いいことなのか?

 それとも、悪いことなのか?

 ……まぁ、いいことにしておこう。

 芹崎さんとあんな出会い方をしなかったら、俺の毎日はここまで楽しくなってないしな。


 猫に変化してしまう時間に刻一刻と近づいていく中あたふたと帰る準備をしている芹崎さんを、俺はそんなどうでもいいことを考えながら眺めるのだった。

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