十五話 この時間がずっとーー

「あぁ……」

「……ふっ」

「鼻で笑うなっ!」


 俺は声を荒げる。


 蓮が俺のことを鼻で笑ったのにはもちろん理由があった。


「だって、馬鹿だろ。ミーシャを芹崎さんとも知らずに一目惚れしたとか言ってさ。というか、なんでミーシャにそんなこと言ったんだよ」


 ……そういうことである。


 蓮は俺の顔をチラチラ見ると、相変わらず笑いを漏らしている。


「あのときは浮かれてて……っていうか、普通気づかないだろ。まさかミーシャが芹崎さんだったなんて」

「まぁな。ほら、今日は芹崎さんを迎えに行くんだろ? そんなシケたつら、芹崎さんに見せていいのかよ」

「……いや、ダメだな」

「だったらもっとシャキッとしろよ」

「そうは言ってもな……というか、なんで蓮がいるんだよ。今まで一緒に学園に行ったことなんてなかっただろ?」


 俺は口に出してみて改めて気づく。


 そうだ、なんで今日は蓮がいるんだ?

 俺と蓮の家は学園を挟んで正反対の方向にあるため、今まで一緒に学園に通うなんてことはなかった。

 にも関わらず今日、俺が芹崎さんを迎えに来る行くためにCATSへ足を運んでいると蓮とばったり会ってしまった。


 ……おかしくないか?


「今までなかったからこそだよ。これを機に俺も祐也と一緒に学園に行こうと思ってな」

「……そうなのか?」


 まぁ、そう言って貰えると嬉しい自分もいるのだが……なにせ俺は芹崎さんと二人で学園に行きたかったんだよなぁ。


 芹崎さんの正体がミーシャだろうなんだろうと、俺の気持ちが変わることはなかった。

 それに、俺の中でもうミーシャと芹崎さんの区別がついてしまったのだ。

 今更、同一の存在で接しろと言われる方が無理な話である。


「——開けないのか?」


 CATSの目の前につくと、そこで固まっている俺に蓮は声をかける。


「いや、開けるよ。開ける……」

「…………開けないなら俺が開けるぞ?」

「ちょっと待ってくれ! 今、今開けるから!」

「……そうか?」


 蓮は再びフッと鼻で笑いながら、嫌な顔一つせずに俺を待ってくれている。


 というか、なんでこんなに緊張しているんだよ。

 俺は俺が芹崎さんのことを好きだってことがバレただけ。

 芹崎さんは自分の隠していた正体がバレてしまったんだ。

 しかも俺と蓮二人に。

 不安で言ったら、芹崎さんの方が圧倒的に感じているだろう。

 俺がこんなマイナスな顔をしていたら、芹崎さんにもっと不安を煽ってしまう。


「……よし」


 俺は決意を固めると、「CLOSE」の表札がかかったCATSの扉を開けた。


「……お、おはようございますっ!」


 扉の向こうには制服姿の芹崎さんがカウンター席に腰掛けていたが、俺たちを視認するとすぐに立ち上がる。

 喋る言葉もぎこちないし、顔の表情も強張っている。


「おはよう」


 俺と蓮は口元に笑みを浮かべながら言った。


「おはよう、二人とも。学園に行く前に何か飲んでいくかい?」


 カウンターから話しかけてきたのはマスターだった。

 いつもと変わりない優しい微笑で、そう問いかけてくる。


「ありがとうございます。時間も迫ってますし、遠慮しておきます」

「そうかい? じゃあ放課後に来てくれたらご馳走するよ」

「いえ、そういうわけにもいきません。ちゃんとお金を払わないと」

「いいんだよ。祐也君や蓮君だって元は家族のような存在だ。そんな人たちからわざわざお金を取るなんて、こっちとしても心が痛いんだよ」

「でも……」


 俺がマスターの言葉に返答を悩んでいると、蓮が俺の肩に手を置いてくる。


「マスターもああ言ってることなんだし、ここは素直に受け取っておくのも優しさなんじゃないか? マスター! 放課後にまた来るので、その時にでも是非お願いします!」

「あっ、おい!」

「あぁ。カフェラテを淹れて待ってるよ」

「はい! ありがとうございます!」


 元気よく返事をする蓮。


 ったく、蓮のやつ……。

 そう思ったけど、ふとマスターに視線を向けるとマスターはにこやかな笑みを浮かべていた。


 ……もしかしたら、案外これでよかったのかもな。

 そう思い直せるほどにマスターの顔は明るかった。


「——あの、すみません。わざわざ迎えに来てもらって」


 マスターの顔を眺めていると、芹崎さんが申し訳なさそうに頭を下げた。


「大丈夫だよ。CATSは学園に行く道にあるから、何も負担にはなってない。それに、一緒に行こうって言ったのは俺だから」

「……やっぱり、祐也君は優しすぎます」


 俺が言ったことに対して、口を尖らせてぼそっとつぶやく芹崎さん。

 ……そんなことを言われてしまったら、芹崎さんの顔を直視することが出来なくなってしまう。


 そうして、俺は再認識した。

 やっぱり芹崎さんは芹崎さんで、ミーシャはミーシャなんだと。


「ほらそこ、イチャイチャしてないでさっさと行くぞ」

「してないっ!」

「やっぱり、二人は仲良しさんですね」

「どこをどう汲み取ったらそんな結論に至った!?」


 そんな戯言を交わしながら、俺たちはCATSを出る。


 繰り返しで何も面白みのない日常が、いつしか楽しい日々に変わっていた。

 芹崎さんと出会って、そのおかげで蓮とまた深く関われるようになって。


 ……そういうところに、惹かれたのかもしれない。


 もちろん俺は、芹崎さんの笑顔が好きだ。

 あどけない可愛らしい笑顔も、おしとやかで上品な笑顔も、どっちも彼女の笑顔で、それがとても愛おしい。

 でもそれ以上に、俺は退屈だった毎日を明るく色付けてくれる彼女に惹かれたのだ。


 もっと彼女と一緒にいたい。

 その思いは、一緒にいればいるほど膨らんでいく。


 俺がふと彼女に笑顔を向けると、彼女は優しく微笑み返してくれる。


 ……この時間が、ずっと続けばいいのにな。


 そう思いながら俺は芹崎さんと蓮と一緒に、学園への道を歩くのだった。

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