50話 見えざる手

 クラクフ王国軍が魔物を駆逐するも、アリエデの王都は瓦礫となった。


 王都陥落から三週間近くが過ぎた。最も被害の多かったのは王宮と神殿、並びに貴族街だ。不思議と庶民の街も民も無事だった。

 この国の王侯貴族だけに鉄槌がくだったのだ。

 

 しかし、レオンは久しぶりにきた貴族街で不思議な光景を見た。がれきの貴族街にすくっと立つマクバーニ家のタウンハウス。


「なぜ、うちが無事なのだ!」


 驚いて走り寄ると、ドアから一人の男が現れた。


「兄上?」


 呼ばれて振り向いた男はレオンと似た面差しで。


「レオン、良かった! 無事だったのか!」


 レオンの次兄ゲオルグが相好を崩す。


「というか、マクバーニ家は、なぜ、無事なんだ?」


 するとゲオルグが呆れたような顔をする。


「レオンそのいい草はないだろう? 仮にもお前の実家だぞ。それに兄との感動の再会の場面だろ」

「いや、もちろん、兄上が無事なのは嬉しい。家族や使用人達は皆息災ですか?」

「ああ、皆、けがもなく無事だ。というか無事なら無事と実家に連絡くらい入れたらどうだ。皆お前のことを心配していたんだぞ。まあ、強いお前が魔物ごときに、おめおめとやられるとは思えないがな」


 家族が無事な事、兄のいつもの説教臭い口調に混じる弟自慢、それらを聞いてほっとした。


「だけど、すこし不思議です。貴族である私達が無事なことが」


 レオンが途方に暮れたようにいう。貴族街一帯は焼け野原で、ほとんどの建物が全壊している。そのうえ国の重鎮ならびに王都で遊び暮らしてた貴族たちは魔物の餌食となった。


「全く相変わらずだな、お前は。とても神職が性に合っているとは思えない。奇跡とか信仰の賜物とか言えないのか? そろそろ実家に帰ってきたらどうだ」


 それを聞いたレオンが苦笑する。


「確かに、私には合いません」


「まあ、お前の言う通り不思議ではある。王都を離れ、領土でつくしていた貴族の屋敷だけが、ほとんど無傷で残っている」


 兄の言う通り、辺りを見渡すと、ぽつりぽつりと無事な家がある。皆マクバーニと考えをともにし助け合っていた一族だ。

 黒の森の戦いの後どこの領地も貧しくなり、そんな領民の為に王都から去り、民に尽くした者だけが無事だった。

 本来ならば王宮で国王の周りに侍っている余裕など、領地を持つ貴族にはなかったはずだ。


「それで、兄上は何をしに?」

「ああ、クラクフの騎士や兵士たちが家財を買い取ってくれると言うので、売るものを取りに戻った。少しでも領民の為になればと思ってな。きっと我が家が助かったのはそう言う事なのだろう」


 さすがは我が一族だと誇りに思い、胸が熱くなる。


「それでレオン、お前は何をしている。皆心配しているぞ」

「私は、ここで神官としての務めを果たします。もっとも神殿はもうありませんが」


 今思うとあの立派な神殿は信仰の象徴ではなく、富と権力の象徴だった。


「なるほど。街の復興に寄与しているのか。立派な心掛けだ。そう言えば、聖女リアが帰ってきたようだな」

「兄上、帰って来たかも何も。ここはもう、クラクフ王国の一部ですよ」

「それもそうだな」


 兄弟は微笑みあう。国がなくなり不安も寂しさもあるが、あの無茶苦茶な君主や神官長、国の重鎮達がいなくなりほっとしていた。

 どうやら暫定的にクラクフの第二王子ルードヴィヒがこの地を治めるようで、レオンは新たな希望を見出している。

 だが、とうのルードヴィヒはそれをいやがり、元気になった体で魔物狩りにあけくれているようだ。この地に住む民のために自ら隊を組織し北の魔物を討伐してくれている。

 そして、レオンは神官をやめるつもりならば、ともに働こうとルードヴィヒやフランツに声をかけられていた。


「そういえば兄上、リアの実家、ガーフィールド家がどうなったか知りませんか?」


 リアは風の噂にプリシラの最期を知り、悲しんだ。実家もどうなったのか気にしている。


「ああ、そのことか。ガーフィールド家は、この災厄というか………魔物の襲来で王都が陥落するより前に、人々の恨みを買って焼き討ちにあったそうだ。

 ひどい高利貸しをして庶民を苦しめていたらしい。この混乱で下手人も分からずじまいだ。

 ただ、屋敷は石造りで堅牢であったのだが、跡形もなく燃え落ちた。天罰だと言う人もいれば、呪いだというものもいる。

 あの頃は打ちこわしや焼き討ちが頻発した。この国も限界だったのだろう。私達は王都に居なかったので後から伝えきいた話だが」


 きっとリアはこの知らせを聞いて悲しむだろう。だが、レオンは報いだと思った。

 街の混乱がおさまったら、レオンは神官服を脱ぐつもりだった。自分には似合わない。


「それでお前はいつ帰ってくるつもりだ?」

「近いうちに」


――祈りは捧げよう。だが私には神官でいる資格はない。それに金権主義の神殿などもうこりごりだ。


 破壊された神殿の奥からたくさんの金貨が発見されていた。それはすべて街の復興にまわされている。


「この地も随分と風通しがよくなりました」


 気持ちの良い風が、がれきの間を吹き抜ける。もう少し道も整備せねばなるまい。


「確かに、いろいろな意味でな。ではレオン、お前が帰って来るのを楽しみに待っている」


 そういうと兄は供と連れ立ち、家財を荷台へ手早く押し込むと、瓦礫の街を颯爽と去っていった。とても侯爵家の子息とは思えない身軽さだ。自然と笑みがこぼれる。


 懐かしい故郷の香りをかいだ気がした。



 この世には、人智をこえた大きな存在があるのかもしれない。


 いまここに、大切な人達の命があるという奇跡に感謝を。


 レオンは雲一つない、吸い込まれそうな青い空を見上げた。




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